商法第4問

問題

甲は、乙株式会社(以下「乙社」という。)が経営するスーパーマーケットの屋上でテナントとしてペットショップ(以下「本件ペットショップ」という。)を経営してい た。
本件ペットショップの外部には、乙社の商標を表示した大きな看板が掲げられており、テナント名は表示されておらず、スーパーマーケットの7階から屋上に上がる階段の上り口に設置された案内板には「ペットショップ」とだけ表示されており、テナント名の表示はなかった。また、甲は、乙社の黙認の下、テナント契約上の場所を大きくはみ出して7階から屋上に上がる階段の踊り場などに値札を付けた商品を置き、契約場所以外の壁に「セール」と書いた紙を何枚も貼り付けるなどして営業していた。
丙は、本件ペットショップで犬を買おうと考え、大型犬(以下「本件犬」という。)を見ていたところ、本件犬をつないでいた鎖が錆び付いており、本件犬はこれを噛みちぎって暴れ出し、丙に噛み付いた。これにより、丙は全治3か月の傷害を負った。丙は乙社に対して、会社法上、いかなる請求をすることができるか論じなさい。

解答 自作最新 2022年7月13日(水)

第1 丙の乙社に対する会社法上の請求
1 まず、丙は甲が経営する本件ペットショップにおいて、本件犬に噛みつかれたことにより、全治3か月の傷害を負っている。これは、本件犬をつないでいた鎖が錆び付いていたため、本作犬がこれを噛みちぎって暴れ出したことに起因するものであるから、丙は甲に対して、過失によって他人の権利を侵害したものとして、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を取得する。この点、甲と乙社は別人格である以上、乙社に対して何ら請求することができないのが原則である。
2 そこで、丙は乙社に対し、名板貸人の責任(会社法9条)に基づき上記不法行為に基づく損害賠償債務を連帯して負っている旨主張できないか問題となる。この点、本件では、乙は甲とテナント契約を締結していただけであり、商号使用の許諾がない。しかしながら、名板貸人の責任が問われる趣旨は、名板貸人が、あたかも本来の営業主体であるかのような外観を作出しており、それを信頼して取引に入った第三者を保護する点にある。よって、営業主体を誤認させる外観が生じ、その外観作出に帰責性がある場合には、名板貸人の責任を認めるべきである(会社法9条類推適用)。
3 本件責任を問う具体的な要件として、まず、①営業主体の誤認を生ぜしめるような外観の存在が必要である。外観の存在の有無を判断するに当たっては、看板、営業時間、営業行為等の事情を考慮する。次に、②商号使用の許諾と同視できるような外観作出に対する帰責性が必要である。そして、③取引の相手方の誤認を要すると解する。
4 本件についてこれをみるに、①本件ペットショップの外部には、乙社の商標を表示した大きな看板が掲げられており、テナント名は表示されていなかったこと、スーパーマーケットの7階から屋上に上がる階段の上り口に設置された案内板には「ペットショップ」とだけ表示されており、テナント名の表示はなかったこと、また、甲は、乙社の黙認の下にテナント契約上の場所を大きくはみ出して7階から屋上に上がる階段の踊り場などに値札を付けた商品を置き、契約場所以外の壁に「セール」と書いた紙を何枚も貼り付けるなどして営業していたことから、テナントとの境界はあいまいになっていたということができ、営業主体の誤認を生ぜしめる外観作出があったといえる。
5 また、②乙社は甲がテナント契約に反して上記外観を生ぜしめていることについて黙認しており、商号の使用許諾と同視できるような帰貴性が認められる。
6 そして、③取引に入った丙の誤認があれば、名板貸人の責任が認められる。この点、誤認とは、あくまで取引の営業主体が乙社であると信じたことについて悪意と同視し得るような重大な過失がないことをいうと解する。しかしながら、本件丙の損害は本件犬が噛み付くという事実行為による不法行為により生じたものであり、取引によって生じたものではない。かような事実行為である不法行為に基づく損害賠償債務まで名板貸人は責任を負うのか問題となる。
7 この点、事実行為によって不法行為責任が生じた場合には、相手方の保護は不法行為の主体を追求することによる救済で足りると解する。名板貸人の責任を定める当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負うとの文言(会社法9条)からも、事実行為の場合にあくまで取引によって生じた名板貸人の責任の(類推)適用を認めることはできない。よって、取引の外形を伴うものを別段、不法行為に基づく損害賠償債務は含まれないと解する。
8 本件では、丙が本件ペットショップにおいて、本件犬を見ていたところ、本件犬が丙にみ付いたのであり、何ら取引の外形を伴うものではないと認められる。従って、乙社は、丙に生じた損害について責任を負わず、丙は乙社に対して名板貸人の責任に基づく請求はできない。
以上

解説音声
問題解答音声

◁民法第3問

▷民事訴訟法第4問

解答 アガルート

1 まず、丙は甲が経営する本件ペットショップにおいて、本件犬に噛みつかれたことにより、全治3か月の傷害を負っている。これは、本件犬をつないでいた鎖が錆び付いていたため、本作犬がこれをみちぎって暴れ出したことに起因するものであるから、丙は甲に対して、「過失によって他人の権利…を侵害し」たものとして、不法行為に基づく損害 賠償請求権(民法709条)を取得する。
もっとも、甲と乙社は別人格である以上、乙社に対して何ら請求すことができないのが原則である。
2 そこで、西は乙社に対し、名板貸人の責任(会社法(以下、法令名省略。)9条)に基づき上記不法行為に基づく損害賠償債務を連帯して負っている旨主張することが考えられる。
もっとも、本件では、乙は甲とテナント契約を締結していただけであり、「商号」「使用」の「許諾」がない。そのため、同条を直接適用することはできない。では、同条を類推適用することはできないか。同条の趣旨は、名板貸人が、営業主体であるかのような外観を信頼して取引をした第三者を保護する点にある。そのため、営業主体を認認させる外観が生じていた場合には、類推適用を認めるべきである。
具体的な要件としては、まず、①営業主体の誤認を生ぜしめるような外観の存在が必要である。外観の存在の有無を判断するに当たっては、看板、営業時間、営業行為等の事情を考慮する。次に、②(商号使用の許諾と同視できるような)①に対する帰責性が必要である。そして、③最後に取引の相手方の誤認が要求される。
3(1)本件ペットショップの外部には、乙社の商標を表示した大きな看板が掲げられており、テナント名は表示されていなかったこと、スー パーマーケットの7階から屋上に上がる階段の上り口に設置された案内板には「ペットショップ」とだけ表示されており、テナント名の表示はなかったこと、また、甲は、乙社の黙認の下にテナント契約上の場所を大きくはみ出して7階から屋上に上がる階段の踊り場などに値札を付けた商品を置き、契約場所以外の壁に「セール」と書いた紙を何枚も貼り付けるなどして営業していたことから、テナントとの境界はあいまいになっていたということができ、営業主体の誤認を生ぜしめる外観があったといえる(①充足)。
(2) また、乙社は甲がテナント契約に反して上記外観を生ぜしめていることについて黙認しており、商号の使用許諾と同視できるような帰貴性が認められる(②充足)。
(3)したがって、本件では丙の誤認(③)があれば、名板貸人の責任の類推適用が可能といえる。なお、誤認とは、営業主体が乙社であると信じたことについて重大な過失がないことをいう。重過失は悪意と同視できるからである。 次に、本件において丙の損害は本件犬が噛み付くという事実行為による不法行為により生じたものであるところ、そのような不法行為に基づく損害賠償債務まで名板貸人は責任を負うのか。事実行為によって不法行為責任が生じた場合には、相手方の保護は不法行為法理による救済で足りる。名板貸人の責任を定める9条の「当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う」との文言からも、事実行為の場合に名板貸人の責任の(類推)適用を認めるのは無理がある。
したがって、取引の外形を伴うものを除き、不法行為に基づく損害賠償債務は含まれないと解すべきである。
本件では、丙が本件ペットショップにおいて、本件犬を見ていたとこ ろ、本件犬が丙にみ付いたのであり、何ら取引の外形を伴うものではない。
したがって、乙社は、内に生じた損害について責任を負わない。
5 以上から、丙は乙社に対して名板貸人の責任に基づく請求はできない。
以上