民法第4問
問題
甲は、乙に対し、甲の所有する土地Aの登記済証、実印等を預けて長期間放置していたところ、乙は、土地Aにつき、勝手に自己名義に所有権移転登記をしたのち、丙に対する自己の債務を担保するため抵当権を設定し、その旨の登記を了した。その後、乙は、土地Aを丁に売却したが、登記は、いまだ丁に移転されていない。
上記の事例において、丁が丙に対して抵当権設定登記の抹消請求をすることができる場合及びこれをすることができない場合について、理由を付して論ぜよ。
(旧司法試験昭和62年度第1問)
解答 自作最新 2022年7月12日(火)
第1 請求の法的根拠及びその要件
1 丁の丙に対する抵当権設定登記抹消登記手続請求の法的根拠は、所有権に基づく妨害排除請求権である。
2 これが認められるためには、①丁が土地Aの所有権を取得し、及び②丁の所有権の取得を抵当権設定登記を有する丙に対抗できること、を要すると解する。
第2 所有権の取得
1 転得者丁は、前主たる乙が土地Aの所有権を有せず、また、甲乙間に通謀虚偽表示(94条2項)はないため、原則として土地Aの所有権を取得しない。
2 もっとも、真の権利者である甲は、土地Aの登記済証、実印等を預けて長期間放置していたのであるから、外観法理の表示(94条2項類推適用)により、丁が所有権を取得できるか問題となる。この点、外観法理の表示は虚偽の表示を作出した本人に通謀虚偽表示類似の関係を認め、かかる虚偽の外観の表示を信頼した第三者の利益衡量をはかる規定と解する。よって、本人に外観作出の帰責性があり、一方で第三者に保護すべき信頼がある場合には外観法理を適用して正当な利益を有する第三者の所有権を認めることができると解する。具体的には、(ア)虚偽の外観の存在、(イ)真の権利者の外観作出における帰責性、(ウ)外観への信頼の存在、がある場合、通謀虚偽表示(94条2項)の場面と同視しうる外観法理の表示(94条2項類推)を適用して第三者の利益を保護すべきである。
3 まず、(ア)虚偽の外観の存在について、本件につき第三者が保護されるためには、登記を備えているまでの必要はないと解する。真の権利者と第三者は物権変動の前主後主もしくは当事者類似の関係に立つと見ることができるし、虚偽の外観を信頼した第三者にそのような強固な地位までを要求することは酷だからである。本件においては、丁は登記を得ていなくても虚偽の外観の存在を主張できる。
4 次に、(イ)真の権利者の帰責性について、真の権利者が自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合だけでなく、それらと同視し得るほど重い帰責性がある場合にも認められると解する。本件においては、甲は乙に、登記済証、実印等を預けて長期間放置しており、自ら外観の作出に関与したと同視し得るほど重い帰責性があるといえる。
5 さらに、(ウ)外観への信頼について、真の権利者との利益衡量によって過失の要否を判断すべきであり、真の権利者が虚偽の外観を積極的に作出した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得る程度の帰責性がある場合であっても、虚偽の外観を自ら作出しているわけではないから、善意に加え無過失まで要求すべきと解する(110条類推適用)。したがって、丁が善意無過失であれば、土地Aの所有権を主張できるといえる。
第3 所有権の取得の対抗
1 丁は所有権移転登記を経由していないから、第三者(177条)に所有権の取得を対抗することができない。そのため、所有権移転登記を経ていない丁は所有権の取得を第三者に対抗することができない。では、丙は第三者に当たるか問題となる。
2 この点、不動産における登記制度は、物権変動を公示し、同一の不動産につき正当な利益を有する第三者を保護することを目的としている(177条)。よって、正当な利益を有しない者を保護する必要はない。従って、第三者(177条)とは、当事者及びその包括承人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者と解する。
3 丙は無権利者である乙から抵当権の設定を受けているから、原則として無権利者となる。無権利者は、正当な利益がないため第三者にあたらない。しかし、丙も丁同様、外観法理(94条2項及び110条の類推適用)により正当な利益を有する第三者であれば、抵当権を主張できる。
第4 請求の可否
1 以上より、丁の抵当権設定登記抹消登記手続請求は、丁が虚偽の外観作出について善意無過失であり、かつ、丙が虚偽の外観作出について善意無過失でない場合に限って認められる。
2 なお、丁丙双方が虚偽の外観作出について善意無過失である場合、丁は丙の抵当権付きの所有権しか取得することができない。
以上
1,646字
▷商法第4問
解答 アガルート
第1 丁の内に対する抵当権設定登記抹消登記手続請求の法的根拠及び要件
同請求は、所有権に基づく妨害排除請求権を根拠とするものである。同請求が認められるためには、①丁が土地Aの所有権を取得していること、及び丙名義の抵当権設定登記が存在していること、②所有権の取得を丙に対抗することができることの2つが必要である。
第2 ①について
1 前主たる乙が土地Aの所有権を有しないから、原則として丁は、土地Aの所有権を取得しない。また、本問では、甲乙間に通謀虚偽表示がないから、94条2項も適用できない。
2(1)もっとも、真の権利者である甲は、土地Aの登記済証、実印等を預けて長期間放置していたのであるから、94条2項類推適用により、丁が所有権を取得する可能性がある。
(2)94条2項は偽表示をした本人と虚偽の外観を信頼した第三者の利益衡量のための規定である。そうだとすれば、本人に帰責性があり、一方で第三者に保護すべき信頼がある場合には同条項を類推適用することが可能であると考える。
具体的には、1歳色の外観の存在.2真の権利者の帰責性、外観 への信頼がある場合は、94条2項の適用場面と同様の利益状況にあるといえるから、同条項を類推適用して第三者を保護すべきである。
なお、94条2項類推適用において第三者が保護されるためには、登記を備えている必要はないと解する。真の権利者と第三者は物権変動の当事者類似の関係に立つと見ることができるし、虚偽の外観を信頼した第三者にそのような間な地位を取得することを要求することは酷だからである。
(3)上記2については、真の権利者が自らの作用に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合だけでなく、それらと同視し得るほど重い責性がある場合にも認められる。本問でも、甲は乙に、登記済証、実等を預けて長期間放置しているため、それらと同視し得るほど重い責性がある場合に当たる。
(4)また、上記③外観への信頼については、真の権利者との利益衡量よって過失の要否を判断すべきであり、真の権利者が虚偽の外観を積的に作出した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性がある場合は、虚偽の外観を自ら作出しているわけではないから、110条を類推し、善意に加え無過失まで要求すべきと解する。したがって、丁が善意無過失であれば、土地Aの所有権を取得し得る。
第3 ②について
1 丁は所有権移転登記を経由していないから、「第三者」(177条)に所有権の取得を対抗することができない。そのため、万が「第三者」に当たれば、所有権移転登記を経ていない丁は所有権の取得を内に対抗することができない。では、丙は「第三者」に当たるか、その意義が問題となる。
2 177条は物権変動を公示することにより、同一の不動産につき自由競争の枠内にある正当な権利・利益を有する第三者に不測の損害を与えないようにする趣旨の規定である。そうだとすれば、正当な権利・利益を有しない者は同条により保護する必要はない。したがって、177条にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者に限定して解すべきである。
3 丙は無権利者であるこから抵当権の設定を受けているから、として無権利者となる。無権利者は、上記正当な利益がないから第三者にあたらない。しかし、丙も丁同様,94条2項・110条の類推適用により保護されれば、抵当権を取得することになる。この場合には、丙は、上記正当な利益を有する者として、第三者に当たる。
第4 結論
以上より、丁の抵当権設定登記抹消登記手続請求が認められる場合とは、丁が虚偽の外観作用について善意無過失であり、かつ、丙が虚偽の外観作出について悪意又は過失である場合であり、それ以外の場合に は、丁の同抹消登記手続請求は認められないことになる。
以上