刑事訴訟法第3問

問題

次の事例を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。
1 Pは、警視庁の地域課に所属する警察官であり、平成24年3月26日から同月27日にかけて、警察官Qと都内をパトカーで警らしていた。P及びQ(以下「Pら」という。)は、同月27日午前1時50分ころ、都内を警ら中に、片側3車線の公道において、車両の後部座席の窓ガラスにスモークフィルムが貼られている高級セダン(以下「本件車両」という。)を発見した。Pらのパトカーが本件車両の左側を通過しようとした際、本件車両が一時的ではあるが、蛇行運転とも受け取れるような不審な挙動をした。そこで、Pらが本件車両をよく見ると、本件車両は、暴力団関係者に人気のある車種であって、運転席及び助手席の窓にカーテンが取り付けられており、カーテンが3分の1程度掛かっていた。そのため、Pらは、運転者が禁制品等を所持している可能性があると判断した。
そこで、Pらは、職務質問を行うこととし、本件車両の運転者に対して、車載マイクを用いて、路肩に寄って停車するように指示した。本件車両は、この指示に応じて停車したが、運転者は、車から降車せず、エンジンもかけたままであった。
2 Pらは、本件車両の運転席側に行き、運転席の窓から車内を確認しつつ運転者に免許証の提示を求めたところ、運転者は甲であることが判明した。甲は、同月27日午前1時ころ、Kホテルを出て、帰宅するため自己の自動車に乗り、助手席に交際中の乙を乗せて運転しているところであった。
Pらは、車内を確認した際、甲の風体から、甲が暴力団構成員ではないかとの印象を受け、乙に対しては、半開きのうつろな目つきをし、身体が左右に揺れているような印象を受けた。また、Pらが、運転免許証に基づき甲の前科前歴を照会したところ、甲には覚醒剤取締法違反の前科2犯があることが判明した。
3 そこで、Pは、甲が車内に覚せい剤を隠匿している可能性が高いと判断し、エンジンを止め、本件車両内を見せるよう求めたが、甲はこれに応じなかった。その後、Pが所持品検査に応じるよう説得を続けていると、同日午前2時半ころ、甲が電話をかける素振りをしたことから、Pは応援の警察官の派遣を要請した。Pの要請を受けて、同日午前2時50分ころ、3名の警察官がパトカーで駆けつけ、本件車両の急発進を防止する目的でパトカーを本件車両の前方約1メートルの位置に停車した。合計5名の警察官が本件車両の周囲に集まっている状況下において、Pは引き続き所持品検査に応じるよう説得を続けた。これに対し、甲は、見せる必要はないと言って拒否し、帰らせるよう要求した。その後も説得が続けられたが、同日午前3時20分ころ、甲は「いいかげん帰らせてくれ、令状はあるのか、任意なら応じない。」などと言って、引き続きこの場を退去したい旨の要求をした。 4 Pは令状の請求を視野に入れ、担当捜査官を現場に呼び寄せて検討させることにした。同日午前3時50分ころ、担当捜査官が到着し、甲及び乙を観察したが、担当捜査官は、甲からは薬物事犯の兆候は認められず、乙についても薬物使用の可能性が考えられるものの、確定的な判断はできないとの見解を示し、現時点での令状請求は困難である旨をPに告げて現場を引き上げた。
 同日午前4時20分ころ、甲は「もう協力する必要はない、令状がないならすぐに帰らせてくれ。」などと言い、帰らせて欲しい旨を強く要求するようになった。しかし、Pらはなおも説得を続けてきたことから、甲は寝たふりをしたりもした。このような甲の態度に対して、警察官の中には車内や甲の顔を懐中電灯で照らしたり、助手席や運転席の窓を小刻みに何度も叩きつけるなどの挑発ともとれるような行為をする者もいた。
5 同日午前5時近くなり、さすがに甲は「もう帰りますから。」と告げ、車を発進させた。甲が車を発進させたときも、Pは本件車両から離れようとせず、発進を妨げようとした。その際、本件車両のサイドミラーがPの肘にぶつかったことから、Pは公務執行妨害罪で甲を現行犯逮捕した。そして、Pらが、逮捕に伴う捜索として、本件車両を捜索したところ、トランクから覚せい剤が発見されたので(以下 「本件覚せい剤」という。)、本件覚せい剤を所持していたことを被疑事実として、さらに甲を覚醒剤取締法違反の罪で現行犯逮捕し、これに伴う捜索差押手続により、本件覚せい剤を差し押さえた。
〔設問〕
以上の事例における、Pらの捜査の適法性について論じなさい。

解答 自作最新 2022年7月11日(月)

1 Pらは、平成24年3月27日午前1時50分ころ、甲に対して適法な職務質問(警察官職務執行法2条1項)を開始した。甲が運転する本件車両は、Pらの運転するパトカーが左側を通過しようとすると、蛇行運転ともとれる動きをしており、甲がパトカーを見て動揺したとみることができる。また、本件車両は後部座席窓ガラスにスモークフィルムが貼られ、運転席や助手席の窓にカーテンが取り付けられ、3分の1程度掛かっており、Pらが禁制品等を所持していると疑うことにも合理性がある。さらに、本件車両が、暴力団関係者に人気のある車種であること、深夜2時頃という時刻も考慮すると、甲は何らかの犯罪を犯していると疑うに足りる相当の理由のある者に当たると認められる。
2 しかしながら、Pらが、引き続き甲の所持品検査をするため甲を午前5時ごろまで約3時間以上にわたって現場に留め置いた手続は適法といえるか問題となる。この点、職務質問は行政警察活動に当たるが、その後の留め置きはある程度時間的継続性を持っているため、刑事訴訟法上の捜査と解する。
3 この点、Pらは逮捕令状(199条1項、2項)を有していないから、強制の処分(197条1項ただし書)に至ることは許されず、あくまでも留め置きは任意の限度でなされなければならない。この点、強制の処分とは、強制処分法定主義と令状主義の両面にわたり厳格な法的制約に服させる必要があるものに限定されるべきであるから、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等の重要な権利・利益に実質的な制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為をいうと解する。また、強制の処分に至っていない場合、つまり任意捜査であるとしても人権侵害の危険性がある以上、捜査比例の原則(197条1項本文の「必要な」の文言)の観点から無制約になし得るわけではなく、必要性・緊急性なども考慮した上、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されると解する。
4 本件では、Pらは有形力の行使は行っておらず、所持品検査に応じるよう説得を続けていたにすぎない。そうすると、行動の自由などの重要な権利利益を実質的に制約する行為でも、甲の意思を制圧するような行為でもなく、上記Pらの留め置き行為は強制の処分には当たらないものの、任意捜査の限界を超えないか問題となる。
5 確かに、職務質問を適法に開始し、留め置きを開始した時点では、甲が暴力団構成員のような風体をしていること、同乗者の乙について薬物使用の嫌疑がうかがわれること、甲には覚醒剤取締法違反の前科2犯があることが判明しており、甲に対し説得を続け現場に留め置く必要性は認められる。また、甲が本件車両のエンジンをかけたままであったことから急発進するおそれもあり、パトカーを本件車両の前に停めたことも手段として不相当とはいえない。したがって、留め置き当初は具体的状況の下で相当であったと認められ、適法であったというべきである。
6 もっとも、午前2時50分ころには、合計5名の警察官が本件車両の周囲に集まっている状況下に至り、一方甲は所持品検査を拒否し、帰らせるよう要求している。さらに、午前3時20分ころには、甲は令状がないなら応じないなどと述べ、拒否の態度を強くしている。この時点でさらに甲への説得が必要となるような特段の事情もなく、説得を継続する必要性、緊急性は低くなっていたといえる。そして、午前3時50分ころにPらが令状請求のために担当捜査官を現場に呼んだものの、令状請求は困難であると告げられているのであるから、もはや、甲を現場に留め置く理由も必要性もなかったと思われる。そして、午前4時20分ころ、甲はもう協力する気はないと告げており、 現場からの立ち去りを求める意思は明確であり、所持品検査に応じる見込みはなかった。よって、遅くとも午前4時20分ころからの現場め置きは具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものではなく、任意捜査の限界を超えた違法なものであった。
7 公務執行妨害罪(刑法95条1項)の成立要件として、適法性が要求されるところ、このような違法な職務執行に対しては、同罪は成立しない。よって、甲を同罪で現行犯逮捕した(212条1項)ことも違法である。
8 違法な逮捕に基づいて行われた搜索(220条1項2号)も違法である。かかる違法な捜索によって発見された覚せい剤を理由として覚せい剤所持罪で現行犯逮捕をした場合、その逮捕も違法である。よって、それに基づく捜索差押えも違法となる。
以上
1,869字

問題解答音声
解説音声

◁憲法第3問

▷刑事訴訟法第3問

解答 アガルート

1 まず、Pらは、平成24年3月27日午前1時50分ころ(以下、 年月日省略。)甲に対して職務質問(警察官職務執行法2条1項)を行っているが、これは適法である。
 甲が運転する本件車両は、Pらの運転するパトカーが左側を通過しようとすると、蛇行運転ともとれる動きをしており、甲がパトカーを見て動揺したとみることができる。また、本件車両は後部座席窓ガラスにスモークフィルムが貼られ、運転席や助手席の窓にカーテンが取り付けられ、3分の1程度掛かっており、Pらが禁制品等を所持していると疑う ことにも合理性がある。さらに、本件車両が、暴力団関係者に人気のある車種であること、深夜2時頃という時刻も考慮すると、甲は「何らかの犯罪を犯し」ていると「疑うに足りる相当の理由のある者」に当たると認められる。
2 では、Pらが、甲の所持品検査をするため甲を午前5時ごろまで約3時間以上にわたって現場に留め置いた手続は適法といえるか。なお、職務質問(及びそれに付随する職務質問)は行政警察活動に当たるが、その後の留め置きはある程度時間的継続性を持っているため、刑事訴訟法上の捜査と位置付けて検討する。
 (1)Pらは逮捕令状(199条1項2項)を有していないから、「強制の処分」(197条1項ただし書)に至ることは許されず、あくまでも留め置きは任意の限度でなされなければならない。
 「強制の処分」とは、強制処分法定主義と令状主義の両面にわたり厳格な法的制約に服させる必要があるものに限定されるべきであるから、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等の重要な権利・利益に 実質的な制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為をいうと解する。
 また、「強制の処分」に至っていない場合、つまり任意捜査であるとしても人権侵害の危険性がある以上、捜査比例の原則(197条1項本文の「必要な」の文言)の観点から無制約になし得るわけではなく、必要性・緊急性なども考慮した上、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものと解するべきである。
 (2)本問では、Pらは有形力の行使は行っておらず、所持品検査に応じるよう説得を続けていたにすぎない。そうすると、行動の自由などの重要な権利利益を実質的に制約する行為でも、甲の意思を制圧するような行為でもなく、上記Pらの留め置き行為は「強制の処分」には当たらないといえる。
 (3)では、任意捜査の限界を超えないか、以下検討する。
   ア 確かに、上記のような状況に加え、留め置きを開始した時点では、甲が暴力団構成員のような風体をしていること、同乗者の乙について薬物使用の嫌疑がうかがわれること、甲には覚醒剤取締法違反の前科2犯があることが判明しており、甲に対し説得を続け現場に留め置く必要性は認められる。また、甲が本件車両のエンジンをかけたままであったことから急発進するおそれもあり、パトカーを本件車両の前に停めたことも手段として不相当とはいえない。したがって、留め置き当初は具体的状況の下で相当であったと認められ、適法であったというべきである。
   イ もっとも、午前2時50分ころには、合計5名の警察官が本件車両の周囲に集まっている状況下において、甲は所持品検査を拒否し、帰らせるよう要求している。さらに、午前3時20分ごろには、甲は令状がないなら応じないなどと述べ、拒否の態度を強くしている。この時点でさらに甲への説得が必要となるような特段の事情もなく、説得を継続する必要性、緊急性は低くなっていたといえる。そして、午前3時50分ころにPらが令状請求のために担当捜査官を現場に呼んだものの、令状請求は困難であると告げられてい るのであるから、もはや、甲を現場に留め置く理由も必要性もなかったと思われる。
     午前4時20分ころ、甲はもう協力する気はないと告げており、 現場からの立ち去りを求める意思は明確であり、所持品検査に応じる見込みはなかった。
     したがって、遅くとも午前4時20分ころからの現場め置きは具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものではなく、任意捜査の限界を超えた違法なものであった。
3(1)公務執行妨害罪(刑法95条1項)の成立要件としては、適法性が要求されるところ、このような違法な職務執行に対しては、同罪は成立しないので、甲を同罪で現行犯逮捕した(212条1項)ことも違法である。
 (2)違法な逮捕に基づいて行われた搜索(220条1項2号)も違法であり、かかる捜索によって発見された覚せい剤を理由として覚せい剤所持罪で現行犯逮捕をした場合、その逮捕も違法になる。
    したがって、それに基づく捜索差押えも違法となる。
以上