憲法第3問

問題

西日本に位置するA県弁護士会は、2011年3月に東日本大震災で東北地方が甚大な被害を受けたので、同会の決議により、日本赤十字社の3つの県支部(岩手県支部、宮城県支部、福島県支部)に義捐金を送ることとし、来年度徴収する通常会費の中から各1000万円を寄付することを決定した。弁護士Xは、同会会員であるが、このような使い道を不服と考えて、会費の支払を拒否する意向を固めている。Xがこのことを同会の役員会に伝えたところ、会費の支払の拒否は直ちに会員資格の停止(弁護士としての活動の禁止をもたらす)となる、またこの問題が司法権による憲法的判断の対象となるか明らかではない、と告げられた。
Xの立場からどのような憲法上の主張ができるかどうか示した上で、あなた自身の考え方を展開しなさい。
【資料】○弁護士法(抜粋)
第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き,誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
第9条 弁護士となるには、入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録の請求をしなければならない。
第10条 弁護士は、所属弁護士会を変更するには、新たに入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録換の請求をしなければならない。
2 弁護士は、登録換の請求をする場合には、所属弁護士会にその旨を届け出なければならない。
第36条 弁護士名簿に登録又は登録換を受けた者は、当然、入会しようとする弁護士会の会員となり、登録換を受けた場合には、これによつて旧所属弁護士会を退会するものとする。
2 第11条に規定する請求により登録取消を受けた者は、当然、所属弁護士会を退会するものとする。
(慶應義塾大学法科大学院 平成24年度)

解答 最終版

第1 本件寄付が司法権による憲法判断の対象となるか
1 Xとしては、A県弁護士会が行った、各1000万円の寄付の決定の違法性をめぐる問題は、司法権による憲法判断(司法審査)の対象となるものと主張する。
2 この点、本件寄付については自律的な法規範を有する特殊な部分社会における当否をめぐる内部の紛争に過ぎず(部分社会の法理)、司法審査にかからないとも解されるが、一方で国民の権利保護の観点から一般市民法秩序と接点がある領域については司法審査の対象となると解する。本件Xは会員資格を停止されると弁護士として活動することができなくなり、ひいてはXの依頼者の不利益ともなるため、本件支出決定は一般市民法秩序と直接の関係を有するといえる。よって、本件決定の違法性をめぐる問題は、司法権による憲法的判断の対象となる。
第2 本件寄付についての憲法判断
1 Xは、本件決定は寄付をしたくないという構成員の思想・良心の自由(19条)を侵害するもので、A県弁護士会の目的の範囲(民法34条)を逸脱し、目的の範囲内であるとしても、会員に対する協力義務の限界を超えるものであり公序良俗に反する(民法90条)と主張する。
2 本件決定による総額3,000万円の支出は、個人的ないし物理的被害に対する直接的な金銭補てんという趣旨であり、A県弁護士会の目的の範囲を逸脱する。目的の範囲内としても、会費の支払拒否に伴う会員資格の停止という重大な不利益を伴うものであり、その額も大きく、会員に対する協力義務の限界を超えると主張する。
3 この点について私見を述べる。まず、A県弁護士会は、目的の範囲内の行為を行うことができる。目的の範囲内であるか否かは憲法が保障する人権保障機能を考慮しつつ、当該団体の性格、本件寄付の目的、構成員の負担の程度等を総合的に勘案して決するべきである。そして、A県弁護士会の目的達成に直接又は間接に必要な範囲で会員に協力を求めることは、目的の範囲内にあるといえる。ただし、本件各支出が目的の範囲内であっても、構成員に社会通念上過大な負担を課す場合は、会員に対する協力義務の限界を超えるものとして、公序良俗に反し、違法となると解する。
4 確かに、本件各支出は、日本赤十字社の三つの県支部に義捐金を送ることを目的とするものであり、また、その額は、各1000万円という多額である。さらにA県弁護士会は、強制加入団体である(弁護士法9条、36条)から、本件各支出は、強制加入団体がその会員に対して選大な負担を強いるものとして、目的の範囲を逸脱するものではないか問題となる。
5 しかし、本件寄付の目的は基本的人権の養護や社会正義の実現にある(弁護士法1条)。本件寄付は、いわゆる政治団体を支援するために行う献金等ではなく、会員各人の思想等に基づいて自主的に決定された個人的ないし具体的な物的被害に対する直接的な金銭補てんでもなく、あくまで重大な災害被害を受けた東北三県の被災者に対する人道的支援の意思表明の一環として行うものであり、会員の思想・良心の自由を制約するものではない。東日本大震災は甚大な被害を生じさせた大災害であり、早急な支援を行う必要があったことも考慮すると、この金額をもって直ちに本件各支出がA県弁護士会の目的の範囲を逸脱するとはいえない。
6 よって、本件各支出は、A県弁護士会の目的達成に、少なくとも間接に必要な範囲に含まれているとみることができるから、本件決定は目的の範囲内であり、有効である。
7 さらに、本件支出は通常会費の中から支出するものであって、本件支出のために特別の会費を徴収するものではない。本件支出をもって、通常の会費の支払を拒否する正当な理由とすることはできず、A県弁護士会の会員資格の停止事由となることは当然である。よって、本支払決定が、会員に対する協力義務の限界を超え、公序良俗に違反するものとはいえない。
8 以上より、本件決定及び本件支出は、合憲である。
以上(1,616字)

問題解答朗読
解説音声

◁民事訴訟法第3問

▷行政法第3問

解答 2022年7月8日(金) アガルート

第1 法審査の対象となるか否かについて
1 Xとしては、A県弁護士会が行った、各1000万円の寄付の決定(以下、この「本件寄付」及びこの「本件決定」という。また、各1000万円の支出を「本件各支出」という。)の違法性をめぐる問題は、司法権による憲法的判断の対象となるものと主張する。
2 この問題は、自律的な法規範を有する特殊な部分社会における、内部紛争は司法審査の対象にならないとする部分社会の法理の適否にかかる。このような部分社会については、団体の内部自治を重視するべく、その内部紛争は司法審査の対象とならないと解されるが、一方で国民の権利保護の観点から一般市民法秩序と接点がある問題については司法審査の対象となると解すべきである。本件では、Xは会員資格の停止となれば、弁護士として活動することができなくなること、そうなれば、ひいてはXの依頼者の不利益ともなることから、一般市民法秩序と直接の関係を有すると解すべきである。したがって、本件決定の違法性をめぐる問題は、司法権による憲法的判断の対象となる。
第2 本寄付決定の違憲性(違法性)について
1 Xの主張
(1)本件決定は、寄付をしたくない構成員の思想・良心の自由(19条)を侵害するもので、A県弁護士会の「目的の範囲」(民法34条)を逸脱し、また、仮に「目的の範囲内」であるとしても、会員に対する協力義務の限界を超えるものであって公序良俗に反する(民法90条)と主張することが考えられる。
(2)具体的には、本件決定による各1000万円の支出(以下「本件各支出」という。)は、個人的ないし物理的被害に対する直接的な金銭補てん又は見舞金という趣旨のものであり、その額も巨額であるから、A県弁護士会の目的の範囲を逸脱する。仮に、「目的の範囲内」であったと しても、会費の支払の拒否に伴う会員資格の停止という重大な不利益を伴うものであって、会員に対する協力義務の限界を超えるという主張である。
2 私見
(1)まず、A県弁護士会は、「目的の範囲内」の行為を行うことができる。そして、かかる「目的の範囲内」であると認められるか否かは憲法が保障する人権価値を斟酌しつつ、当該団体の性格、本件寄付の目的、構成員の負担の程度等を総合的に考慮して、決すべきであると考える。具体的には、上記事情を考徹に入れ、A県弁護士会の目的達成に直接又は間接に必要な範囲で会員に協力を求めることは、目的の範囲内にあるものと評価されるべきである。また、仮に、本件各支出が「目的の範囲内」にあるとしても、構成員に社会通念上過大な負担を課す場合には、会員に対する協力義務の限界を超えるものとして、公序良俗に反し、違法となると解すべきである。
(2)以上をもって本件各支出について検討する。
ア 確かに、本件各支出は、日本赤十字社の三つの県支部に義捐金を送ることを目的とするものであり、また、その額は、A県弁護士会の予算等にもよるが、各1000万円という多額であり、少なくと も額が僅少であるとは評価し難い。さらにA県弁護士会は、強制加入団体である(弁護士法9条101、36条参照)から、本件各支出は、強制加入団体が、その会員に対して選大な負担を強いるものとして、目的の範囲を逸脱するものではないかとも思われる。
イ しかし、本件寄付の目的はいわゆる政治団体に対する献金等ではなく、被災者に対する支援である。これは、弁護士法1条が定める 「基本的人権」の「養護」や「社会正義」の「実現」に資する。そうだとすれば、本件各支出はA県弁護士会の目的達成に少なくとも間接的には資する行為であるといえる。また、そのような目的による寄付は、特定の政治的立場を支援するものではないのであるから、必ずしも会員各人がその個人的な思想等に基づいて自主的に決定しなければならない事柄ではなく、弁護士会が団体として決定することができる事柄である。そうだとすれば、構成員の思想・良心の自由に対する制約は間接的・付随的なものに過ぎないというべきである。また、このような本件寄付の目的に鑑みれば、個人的ないし物的被害に対する直接的な金銭補てん又は見舞金という趣旨のものということもできない。
ウ さらに、東日本大震災は甚大な被害を生じさせた大災害であり、早急な支援を行う必要があったことも考慮すると、その金額の大きさをもって直ちに本件各支出がA県弁護士会の目的の範囲を逸脱するとまではいうことができない。
(3)したがって、本件各支出は、A県弁護士会の目的達成に、少なくとも間接に必要な範囲に含まれているとみることができるから、本件決定も「目的の範囲内」であり、有効である。
(4) そして、上記のとおり、本件決定のA県弁護士会の構成員の思想良心に関係する程度は軽微であり、また、本件各支出は通常会費の中から支出するものであって、特別会費のように、会員に社会通念上過大な負担を課すものではない。確かに、会費の支払拒否は会員資格の停止事由ではあるが、それは、前提となる会費の支払が適法である以上、多数決原理に従わないことによる不利益であって、受忍しなければならないものである。したがって、本作決定が、会員に対する協力義務の限界を超え、公序良俗に違反するものともいえない。
以上(2,184字)