発達しつづける自己学習機能を持った人工知能は人類の悪魔か救世主か

チェス

おはようございます。

2016年7月における人口知能の発達に関する考察記事です。

この記事の執筆日、現在は2017年7月ですが、最近人工知能について論ぜられることが多くなりました。

いわく、人工知能は人類を滅ぼす存在という悲観論もある一方、人類の問題解決に強力な支援ツールだという考え、究極には人類個人個人の記憶をファイルやクラウドのようにペーストしていうことができることから寿命を超えることができる最終外部記憶装置であるという考え方まで極端にその評価は分かれています。

確かに、人間の脳のすべての知識経験知能といった記憶をクラウドコンピュータといった仕組みにすべてアップロードし、人間による準備や教育を必要としない自立学習型記憶装置をリリースできれば、もはやこの装置は機械とは言えず人格と呼んでもよいことになるでしょう。

人工知能と融合した天才科学者が世界を滅ぼそうとした話も映画に

アメリカなどでは、すでにこういった世界を予見するかのような映画「トランセンデンス」というようなものもリリースされています。

私も見ましたが、テロによる凶刃に倒れ亡くなった後で、記憶をアップロードされ文字どおり全知全能となった天才科学者が自らの意思チップを他の人間(交通事故で亡くなりそうになった人など)に治療のついでに埋め込んで、エネルギーは砂漠の中の太陽光発電プラントで賄い共同体として暮らしてゆくというようなSFな世界観は、見ていてあまり気持ちの良いものではありませんでした。

もう71年前になりますが、人類が核兵器という新しい力を手にしてしまった時も、高揚感というよりも、かような驚きと戸惑いの気持ちがあったのかもしれません。

人工知能が人間を上回る技術的特異点(Singularity)というものが本当に存在し、その時は近くやってくるのか、遠い未来なのか、はたまた何らかの制御や規制の力が働いてやってこないのか、これからの動きに目が離せません。

おそらく、毎日世の中のあらゆる情報を統合して、1日ひと記事ブログ記事を書くくらいの人工知能ならすぐにでもリリースされそうな勢いです。

将棋ソフトに詰将棋を教えてもらい、オセロでも囲碁でもとっくに勝てない筆者からは以上です。

(平成28年7月9日 土曜日)

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