商法第3問

問題

 甲社は、主として東北地方において引越運送業を行う株式会社であり、東北地方では一般消費者に認知されている。甲社の代表取締役はAである。
 乙社は、貨物運送を業とする株式会社であり、代表取締役はBである。BはAの弟である。乙社は、新規事業として引越部門を立ち上げたが、知名度不足から業績は伸び悩んでいた。そこで、Bは、一般消費者への認知度の高い甲社の商号を利用して営業活動を行うことを考えた。Bは、甲社に正式に商号の使用許可を求めれば、許諾は得られないだろうし、黙って使用したとしても兄であるAなら見逃してくれるだろうと考え、甲社の許諾を得ることなく、甲社の商号を使用し始めた。
 Aは、すぐに乙社が甲社の商号を使用していることに気が付いたが、乙社の業績が低迷しているとBから聞いていたこと、乙社が甲社の商号を使用すれば、結果として、甲社の知名度も向上するだろうと考えたことから、これを黙認することにした。
 東北地方において引越業者を探していたCは、複数の業者を比較したうえで、甲社の商号に聞き覚えがあったことから、その商号を使用する乙社と契約を結んだ。ところが引越運送の途中に荷物が損傷したため、Cは損害を被った。Cは甲社に対して損害賠償を求めることができるか。

解答 2022年7月6日(水)

第1 Cの甲社に対する損害賠償請求
1 Cの請求は、乙社との間の引越運送に関する契約上の債務の不履行を理由とするものであるところ(商法575条)、Cはあくまで乙社と契約を結んだのであり、甲社とは何ら契約関係がないから、甲社に対しての損害賠償は認められないのが原則である。
2 もっとも、甲社の代表取締役であるAは、乙社による甲社の商号使用を黙認していたことから、Cは甲社が名板貸人としての連帯責任(会社法9条)を負うとして、損害賠償を求める。
3 まず乙社は、名板貸人甲社の営業である引越業と同一の営業又は事業である引越業に関して甲社の商号を使用しており、乙社は、甲社の商号を使用して事業を行っているといえる。
4 次に、甲社の代表取締役であるAは、乙社による甲社の商号使用を明示的に承諾しておらず、あくまで黙認していたに過ぎない。このような場合にも許諾ありといえるか問題となる。この点、名板貸人としての連帯責任(会社法9条)の趣旨は、名板貸人があたかも真の営業主体であるかのような外観を信頼し、新たな取引に入った第三者を保護する点にあるから、許諾というのは明示的なものに限らず、他人が自己の商号を使用していることを認識しつつ、これを放置するという黙示の態様でもかまわないと解すべきである。名板貸人である甲の帰責性に明示であろうと黙示であろうと違いはない。よって、乙社に対して甲社の商号を使用することを黙認していた場合にも、許諾ありと解する。
5 続いて、Cは、甲社は事業を行うものと誤認したといえるか問題となる。誤認は、第三者の信頼を基礎づける要件であり、少なくとも善意であり、また、重過失者は悪意と同視すべきであるから、善意無重過失であることを要すると解する。本件では、Cは、甲社の商号に聞き覚えがあったことにより、その商号を使用する乙社と本件契約を結んだものであるから、本来乙社が行う引越事業については善意であったといえる。また、Cは、東北地方において引越業者を探している一般消費者であるところ、甲社が引越業者として、東北地方において一般消費者に一定の認知をされていることからすれば、Cが乙社の事業を甲社の事業と信じたことについて、著しい注意義務違反があったとはいえない。したがって、Cは本件乙社が行う引越事業について善意無重過失であったといえ、誤認はあったと解する。
6 さらに、乙社は、本件契約の履行過程において、引越運送の途中に荷物を損傷させている。これは、当該取引によって生じた債務にあたり、乙社のCに対する損害賠償債務は認められる。
7 以上より、甲社は、名板貸人としての連帯責任を負うといえ、Cは乙社に加え甲社に対しても損害賠償を求めることができる。
以上(1,134文字)

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