刑事訴訟法第5問

問題 2022年7月23日(土)

11月10日午前8時30分頃、警察官Xは、被害者Aと同棲している甲が、Aが自室で死亡していると通報してきたため、捜査を開始したところ、犯行現場では特に物色された様子はないこと、Aの死体からも争った形跡が見当たらないことから、Aの死体の第一発見者であり、かつ、Aと同棲していた甲が犯人ではないかとの嫌疑を抱いた。
そこで、同日午前9時50分頃、Xが、甲に本件の重要参考人として警察署への任意同行を求めたところ、甲は捜査に協力する気持ちもあって、これに応じた。
Xは、それ以降、連日午前9時過ぎないし10時過ぎ頃から午後8時30分頃ないし11時過ぎ頃まで取調べを行った。またXは、甲に自殺のおそれがあったことから、最初の2日間は甲の長女が入院していた病室に、その出入口付近に警察官複数を配置して宿泊させ、これに次ぐ2日間は警察が手配した警察官宿舎の婦警用の空室に、仕切り戸を外された続き部屋に婦人警察官複数を配置し、同宿させた。その後の5日間はビジネスホテルに、室外のロビーのような所に婦人警察官複数を配置して、宿泊させた。
なお、この間の食事代及び5日間のビジネスホテル宿泊費用は警察が負担していた。また、Xは、11月11日には、警察は甲に宿泊できる可能性のある友人Bがいることを把握していたが、Bに対して連絡を取ることはなかった。
甲は、警察署内ではもちろん、宿泊先でも常時その動静は監視され、トイレにも警察官が同行した。また、外部と連絡を取ることもできず、朝晩の宿泊場所と警察署との往復については、警察の車で送迎されたが、宿泊や取調べについては特に異議を述べなかった。Xの行為の適法性について、論じなさい。

解答

第1 警察官Xらの行為が逮捕に至っていないかについて
1 本件警察官Xらの行為が逮捕に至っていないか問題となる。この点、甲を任意同行し、その後取り調べているが、任意同行及び任意取調べ自体は、任意捜査の一環として許容される(197条1項本文、198条1項)ところ、これが強制的な身柄拘束として実質的逮捕にあたる場合には、令状なくしてこれを行っているので違法となる(199条1項)。実質的逮捕に当たるか否かは、被疑者の意思の制圧をして、行動の自由を奪ったといえるか否かという点を基礎とし、具体的には同行の態様、同行を求めた時間、被疑者の態度、同行後の取調べの態様や時間等の事情を総合的に判断して決すべきである。
2 本件では、確かに長期間にわたる取調べが行われているものの、同行の態様自体は特段問題がなく、時間帯も午前9時50分ころであり、早朝や深夜に至っているわけではない。また、甲は、捜査に協力する気持ちもあって、任意同行に応じているものである。さらに、甲は宿泊を伴う点や、取調べには特に異議を述べていない。したがって、Xの行為に強制的要素はなく、甲の意思を制圧して行動の自由を奪ったものとは認められない。
3 以上より、実質的逮捕には当たらず、その観点では違法ではない。
第2 警察官Xらの宿泊を伴う取調べの適法性について
1 警察官Xらの行為が逮捕に至っていないとしても、本件取調べは宿泊を伴い長期間に及ぶものであり、 任意捜査の許容限度を超えて違法にならないか問題となる。この点、取調べは、任意捜査として許容されるにすぎず、対象者の行動の自由や意思決定の自由を制約するものであるから、その程度、方法において必要な限度を超えてはならない(197条1項)。よって、任意捜査の一態様としての被疑者に対する取調べ(198条1項)は、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度、その他諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されると解する。
2 本問では、被疑事実は殺人であり(刑法199条)、死刑もあり得る重大な犯罪事案である。そして、犯行現場では特に物色された様子はないこと、Aの死体からも争った形跡が見当たらないことから、Aの死体の第一発見者であり、かつ、Aと同棲していた甲に嫌疑が向けられるのは致し方なく、また、その嫌疑の程度は高い。そのため、事案の真相を解明するために、甲から事情を緊急詳細に聴取する必要性が高かったといえる。しかも、上記のように、甲は宿泊を伴う点について特に反対の意向を表明することがなく、取調べに対しても特に異議を述べていない。このような事実からすれば、Xの取調べは未だ社会通念上相当な範囲であるとも言い得る。しかし、宿泊場所は、最初の2日間の甲の長女が入院していた病室を除けば、警察官宿舎の婦警用の空室であり、また仕切り戸を外された続き部屋には、婦人警察官複数を配置されていたビジネスホテルであった。また、宿泊費を警察が負担するなど、その選択について警察の意向が強く及んでいたと考えられる。また、宿泊時には警察官複数が配置されるなど、宿泊先でも常時甲の動静は監視されており、トイレにも警察官が同行している。また、外部と連絡を取ることもできず、朝晩の宿泊場所と警察署との往復については、警察の車で送迎されている。このような事実からすれば、甲は常時搜査機関の監視下に置かれているといえ、甲に対する心理的圧迫は相当強度のものであったと考えられる。さらに、甲は連日半日以上警察署に滞在し、そのほとんどが取調べに充てられるなど、長時間の取調べが行われている。加えて、Xが甲に宿泊先を提供したのは、甲が自殺する可能性を考慮したものであり、理由がないものではないが、11月11日には、既に甲が宿泊することができる可能性のある親しい友人がいることを把握しているにもかかわらず、その友人に関して確認や検討を怠り、宿泊施設を指定している。長期間に及ぶ宿泊を伴う取調べが甲にとって大幅に意思決定の自由や行動の自由を制約し得るものであることに鑑みれば、この点の検討を怠った捜査機関の過失は看過し難い。
3 以上のような事情を総合的に勘案すれば、本件の取調べは社会通念上相当とはいえず、違法である。
以上

問題解答解説
解説音声

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▷民法第6問

問題と考え方と答案構成と解答

解答 アガルート

第1 逮捕に至っていないか否かについて
1 まず、本件では、甲を任意同行し、その後取り調べているが、任意同行及び任意取調べ自体は、任意捜査の一環として許容される(197条 1項本文、198条1項)。
もっとも、これが強制的な身柄拘束として実質的逮捕にある場合には、令状なくしてこれを行えば、違法となる(199条1項)。実質的逮捕に当たるか否かは、被疑者の意思の制圧をして、行動の自由を奪ったといえるか否かという点を基博とすべきであり、具体的には同行の態様、同行を求めた時間、被疑者の態度、同行後の取調べの態様・時間等の事情を総合的に判断して決する。
2 本件では、確かに後述のような違法な取調べが行われているものの、 同行の態様自体は特段問題がなく、時間帯も午前9時50分ころであり、早朝や深夜に至っているわけではない。また、甲は、捜査に協力する気持ちもあって、任意同行に応じているものである。さらに、甲は宿泊を伴う点や、取調べには特に異議を述べていない。
以上からすれば、Xの行為に強制的要素はなく、甲の意思を制圧して行動の自由を奪ったものとは認められない。
したがって、実質的逮捕には当たらないから、その観点で違法となるものではない。
第2 宿泊を伴う取調べの適法性について
1 そうだとしても、本間取調べは宿泊を伴い長期間に及ぶものであり、 任意捜査の許容限度を超えて違法にならないか。
取調べは、任意捜査として許容されるにすぎず、対象者の行動の自由や意思決定の自由を制約するものであるから、その程度、方法において「必要な」限度を超えてはならない(197条1項本文)。
そのため、任意捜査の一態様としての被疑者に対する取調べ(198 条1項本文)は、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度、その他諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されると解する。
2 本問では、被疑事実は殺人であり(例法199条)、死刑もあり得る重大な事案である。そして、犯行現場では特に物色された様子はないこと、Aの死体からも争った形跡が見当たらないことから、Aの死体の第一発見者であり、かつ、Aと同棲していた甲に嫌疑が向けられるのは致し方なく、また、その嫌疑の程度は高い。そのため、事案の真相を解明 するために、甲から事情を緊急詳細に聴取する必要性が高かったといえる。しかも、上記のように、甲は宿泊を伴う点について特に反対の意向を表明することがなく、取調べに対しても特に異議を述べていない。このような事実からすれば、Xの取調べは未だ社会通念上相当な範囲であるとも言い得る。
しかし、宿泊場所は、最初の2日間の甲の長女が入院していた病室を除けば、警察官宿含の婦警用の空室(仕切り戸を外された続き部屋に は、婦人警察官複数を配置されている)及び警察が宿泊費を負担したビジネスホテルであり、その選択について警察の意向が強く及んでいたと考えられる。また、宿泊時には警察官複数が配置されるなど、宿泊先でも常時甲の動静は監視されており、トイレにも警察官が同行している。また、外部と連絡を取ることもできず、朝晩の宿泊場所と警察署との往復については、警察の車で送迎されている。このような事実からすれば、甲は常時搜査機関の監視下に置かれているといえ、甲に対する心理的圧迫は相当強度のものであったと考えられる。
さらに、甲は連日半日以上警察署に滞在し、そのほとんどが取調べに 充てられるなど、長時間の取調べが行われている。
加えて、Xが甲に宿泊先を提供したのは、甲が自殺する可能性を考慮したものであり、理由がないものではないが、11月11日には、既に甲が宿泊することができる可能性のある親しい友人がいることを把握しているにもかかわらず、その友人に関して確認・検討を怠り、宿泊施設を指定している。長期間に及ぶ宿泊を伴う取調べが甲にとって大幅に意思決定の自由や行動の自由を制約し得るものであることに鑑みれば、この点の検討を怠った捜査機関の過失は看過し難い。
以上のような事情を総合的に勘案すれば、本件の取調べは社会通念上相当とはいえず、違法であると考える。
以上