商法第12問

2022年9月5日(月)

問題解説

解説音声

問題

甲株式会社(以下「甲社」という。)は、大阪府で家具の部品の製造を主たる事業とする会社である。甲社は、製造した部品を取引のある会社にしか販売していないが、インターネットの普及に伴い、安価な部品がインターネット上に出回るようになり、売上げが悪化したため、部品のインターネット販売だけでなく、家具の製造・販売も視野に入れていた。甲社の発行済株式総数は、1万株である。
乙株式会社(以下「乙社」という。)は、東京都で家具の製造・販売を営んでおり、実店舗だけでなく、インターネットを通じて、広く家具の販売を行っている。
乙社は、甲社が製造する部品が自社の家具の製造に欠かせないことから、甲社から部品を購入しており、長く取引関係がある。そのため、乙社は甲社が増資を行った際に、その株式の一部を引き受けていた。乙社の保有する甲社株式は、500株である。
乙社は、近年、甲社からの剰余金の配当がなされなくなっていることに危惧を抱いていたほか、乙社にとって甲社は重要な取引先であり、万一倒産にいたるようなことがあれば、乙社の事業にも大きな影響が及ぶことが予想された。
そのような中で、乙社は、甲社の代表取締役であるAが、甲社を代表して、自己が全株式を保有する丙株式会社(以下「丙社」という。)との間で不自然な取引を行っているとの情報を得た。そこで、甲社と丙社との間におけるそれらの取引についての情報を得、Aの責任を追及するために、甲社に対し、会計帳簿の閲覧・謄写を求めた(以下「本件請求」という。)。
以上の事案において、甲社は、本件請求を拒むことができるか。なお、対象となる会計帳簿の範囲については検討しなくてよい。

解答

第1 会計帳簿閲覧際写請求の要件
1 本件請求は、会社法(以下、法令名省略)433条1項に基づくものであり、乙社は、甲社の発行済株式1万株のうち500株を有しているから、少なくとも「発行済株式……の100分の3……以上の数の株式を有する株主」(同項柱書前段)に当たる。
2 また、会計帳簿閲覧請求をする際に記載する「理由」(同後段)は、具体的に示さなければならない。会社が開示を要求されている会計帳簿等の範囲を知り、433条2項各号に規定する閲覧拒否の事由の存否を中断するために必要だからである。ただし、請求の理由を基礎付ける事実が客観的に存在することについての立証は要しない。同条の規定から すれば、株主は、請求の理由を明らかにさえすればよいのであって、事実の立証を求めるのはそれに反するからである。
本問では、乙社は、甲社と丙社との間の不自然な取引についての情報を得てAの責任を追及することを目的としており、理由の具体性に欠けるところはない。また、上記のように、そこに記載された事実が客観的に存在することについての立証は要しないから、433条1項の要件は満たす。
第2 会計帳簿閲覧際写請求の拒絶事由
1 本問における甲社と乙社の事業内容からすれば、「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき」(433条2項3号)に当たる可能性がある。 もっとも、甲社は大阪府で家具の部品の製造を主たる事業としている一方で、乙社は、東京都で家具の製造・販売を営んでおり、実店舗だけでなく、インターネットを通じて、広く家具の販売を行っており、現時点において「実質的に競争関係にある」とまではいえない。
しかし、同号が、競争関係にある会社からの会計帳簿閲覧際写請求を拒絶することを認めるのは、競業者により会社の秘密が利用され、会社に大きな被害が生じることを未然に防ぐためである。そうだとすれば、 近い将来において競争関係に立つ蓋然性が高い場合もこれに当たると解すべきである。
本問では、甲社は、この先部品のインターネット販売だけでなく、家具の製造・販売も視野に入れているのだから、近い将来において競争関係が生じる蓋然性が高いといえる。
したがって、客観的には「実質的に競争関係にある」といえる。
2 しかし、乙社は、本件請求に当たり、甲社の企業秘密を入手しようなどという不当な意図は有していない。そのような場合でも、3号の拒否事由が認められるか。
上記のような同号の趣旨にみれば、客観的にみて、「実質的に競争関係にある」といえれば足りると解すべきである。また、同号の文言上、請求者の主観的意図は要件とされておらず、規定の構造上も、主観的意図が認められる場合は1号により閲覧を拒絶できるところ、1号のほかに特に本号が置かれている意義は、客観的に競業者等に該当すれば主観的意図に関係なく開覧を拒絶できるところにあると解するのが自然である。
したがって、上記のような不当な意図がなくとも、客観的にみて、 「実質的に競争関係にある」といえれば、3号事由が認められる。
第3 結論
以上から、甲社は本件請求を拒絶することができる。
以上

問題解答音読

手書き解答