刑法第13問

2022年9月16日(金)

問題解説

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問題

散歩中の甲は、乙が自宅前に鎖でつないでおいたこの猛犬を見て、いたずら半分に石を投げつけたところ、怒った猛犬が鎖を切って襲いかかってきたので、やむなく隣家丙の居間へ逃げ込んだ。情を知らない丙は、突然、土足で室内へ飛び込んできた甲を見て憤慨し、甲の襟首をつかんで室外へ突き出したところ、甲は猛犬にかまれて重傷を負った。 甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ。
(旧司法試験昭和58年度 第1問)

解答

第1 甲の罪責
1 甲が何の居間へ逃げ込んだ行為は、「正当な理由がないのに、人の住居…に侵入し」たものとして、住居侵入罪(130条前段)の構成要件に該当する。
2(1) もっとも、この行為はこの猛犬が顔を切って襲いかかってきたのに対して、これを避けるために行われたものであり、緊急避難(37条 1項本文)の成立可能性がある。
猛犬が襲いかかってきたことは「自己…身体…に対する現在の危難」に該当する。また、甲は、これを避けるためやむなく丙の居間へ逃げ込んでいるから、上記危難を避けるため、「やむを得ずにした行為」(避難の意思、補充性)に当たる。さらに、生じた害は丙の住居権侵害である一方、避けようとした害は甲の生命又は身体に対する侵害であるから、「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」こと(法益の権衡)も認められる。
(2) もっとも、この猛犬が襲いかかったのは甲がいたずら半分に石を投げつけたことに起因するものであり、いわゆる自招危難に当たる。このことを理由として、緊急避難の成立が否定される場合があり得る。
自招危難の事例においては、状況を総合しての評価的な認定にならざるを得ない場合も多く、特定の要件の問題とするにそぐわない。
そこで、挑発行為における過失の程度、危難の予期の有無、予期の可能性の有無とその程度、予期し又は予測可能であった危離の内容と実際の危難の異同等の具体的事情を考慮に入れ、行為者において何らかの避難行為に出ることが社会的に正当とされる状況にあるか否かで緊急避難の成否を決すべきである。
(3) 確かに、いたずら半分に石を投げつけた甲の過失の程度は大きいし、猛犬に対して石を投げつけた場合、猛犬が襲いかかってくるということについては予見できるものとも思われる。
しかし、本件ではこの猛犬は鎖でつながれており、一般に顔が容易に切断できるものではない以上、猛犬が頭を切ってまで襲いかかってくるということを予期することは困難である。
したがって、本件では緊急避難の成立を背定できる。
3 以上より、甲には住居侵入罪は成立しない。
第2 丙の罪責
1 丙が門の襟首をつかんで室外へ突き出したところ、甲は猛犬にかまれて重傷を負っているから、「人の身体を傷害した」ものとして、傷害罪(204条)の成立が考えられる。 2 本件では、丙が甲の傷害結果についての認識(故意、38条1項)を有しない可能性がある。
しかし、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」という208条の文言からすれば、「暴行を加えた者」が「人を傷害するに至った場合の規定として、傷害罪は暴行罪(208条)の結果的加重犯をも包含すると解すべきである。そのため、行為者が暴行の認識を有しており、暴行と傷害結果との間の因果関係が認められれば傷害罪は成立し得るため、この点は同罪成立の障害とはならない。
本件では上記内の行為によって室外に突き出された甲が猛犬にかまれて重傷を負っているのだから、行為の危険が現実化したといえ、丙の上記記行為(暴行)と甲の傷害結果との間の因果関係が認められる。
したがって、構成要件該当性は肯定できる。
3(1) もっとも、上記内の行為は甲が丙の居間に逃げ込んだことに対して行われたものであり、正当防衛(36条1条)又は緊急避難が成立し得る。ここで、甲の行為は緊急避難に該当するものであるから、緊急避難の法的性格を検討する必要がある。
(2) この点について、責任阻却事由にすぎないとする見解がある。この見解からは、緊急避難行為に対して正当防衛をなし得ることになる。
しかし、37条1項本文は、他人の行為についての緊急避難を認めているが、このような場合には、期待可能性がないとはいえない。
反対に、避難によって侵害される利益が保全される法よりも大きくても責任が失われる場合はあるはずである。しかし、緊急避難の成立要件として、法益権衡の原則が採用されている。そうだとすれば、 緊急避難の成否は違法性のレベルで判断するのが妥当である。そこで、緊急避難は重要な利益を保全するための社会的に相当な行為であるとして、違法性阻却事由の一つと考えるべきである。
(3) そうすると、適法行為は「不正の侵害」に該当しないから、正当防衛は成立せず、緊急避難の要件を検討することになる。
甲は、丙の住居にすでに立ち入っているから、「現在の危難」は認められる。また、内は甲に憤慨して上記行為に及んでいるものの、行為時の意思内容としては、現在の危難の認識と危難に対応する意思があれば足り、避難の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、必ずしも避難の意思を欠くものではないと解すべきであるか ら、丙に甲の侵害行為に対して住居権を守るという意思がある限り、避難の意思は否定されない。
もっとも、本件では警察に通報するなどの他の手段が考えられるから、補充性は認められない。
(4) よって、緊急避難の成立は認められず、傷害罪が成立する。
補充性が認められない場合には、条文上過剰避難(37条1項ただし書)は成立しない。もっとも、補充性が欠けても保全法益が維持されたということは変わらない以上、違法性はこの場合も減少するといえ、過剰避難の成立を肯定してよいと解する。
4 以上より、丙には傷害罪が成立し、過剰避難となる。
第3 乙の罪責
乙については、「過失により人を傷害した」ものとして、過失傷害罪(209条1項)が成立する。すなわち、本件では、具体的事情は明らかではないものの、乙は、犬が切ることができるような鎖で力の強い猛犬を管理していたのだから、過失は認められるといえるだろう。そして、甲に傷害結果が生じる過程では、上記甲及び丙の行為が介在しているものの、猛犬の管理に関する上記乙の過失行為の結果への寄与度が極めて高いと考えられるから、乙の過失行為の危険が結果として現実化したものとして、因果関係も認められる。
以上

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