北里柴三郎

天才とは変態

天才は、健常者と違う発想や思考があるが為失言や対人関係に支障を来たし易い傾向がある場合が高いです。

明治大将昭和前期の名の知れた政治家を検索してみてください。天下に名の知れた物理学者や医学者、偉大なる経営者と呼ばれている人物の半生を調べてみてください。

私の尊敬する明治時代の人物に北里柴三郎先生がいます。

東京の信濃町の文学座アトリエにて北里柴三郎の半生を描いた舞台が上演された事があります。そこに描かれた若き日の北里は、茶屋で遅くまで酒を飲み、そこの女中を自宅に連れて帰り、千鳥足で女房の名前を呼びながら「酒もってこい!」と叫んで、バタンと居宅にて倒れ、そのままイビキをかきだす、、、と言うシーンで舞台が始まります。

嗚呼、、、私の裏切られた感、わかっていただけますか。野口英世先生なんかも全く同じ。

文学座ですから歴史考証は厳しく史料をあたっているでしょう。だから事実なのです。

現代的社会通念に照らし合わせれば傍若無人と言われても仕方ないでしょう。しかし北里はその頑固一徹な性分から、当時世界の様々な治療困難だった感染症の原因を突き止め、自分と研究所の仲間の身体を使って死にそうな副反応と戦いながら新しい治療法を次々と編み出した、まさに近代医学の父と呼ばれるに相応しい偉大な人物です。

また帰国後は後進の育成や学校教育にも力を入れ、国家(内務省)とも堂々と対峙し、時に争い決裂し、文部省と東京大学と対立しながらも医学の進む道を厳しく正し、発展のためだけにその身を尽くした、まさに裸一本で世の中と素で勝負した大人物、まさに神様のような偉大な人です。

現代にこんな人いません。

世間や国家、同調圧力との対立に次ぐ対立で、やがて退路を断たれ、伝染病研究所を閉所しただか設立断念だっかか忘れたけれど、とにかく無一文で何もかも失った北里に救いの手を差し伸べたのが、福澤諭吉です。そんで北里大学などに繋がります。

若い方は一万円札でしか印象が無いでしょうね。この福澤諭吉先生の半生もぜひ調べてみてください。豪壮です。発想も思考も行動力も、世間一般の普通の人とはまったく違います。慶應義塾大学で、唯一塾長と呼ばれる。