刑法第7問

問題 2022年8月5日(金)

長距離トラック運転手Xは、午前5時20分頃、大型貨物自動車(以下、トラックという。)を運転して、T高速自動車国道上り方向の制限速度時速80キロメートルの左側走行車線を、時速約110キロメートルで走行していたところ、折から長距離運転等の疲労のため眠気を催し、瞼が開かない状態になりながらも、パーキングエリアなどで休憩することもせず走行し続けてついに仮睡状態に陥り、そのまま約1.2キロメートルばかり進行した地点でハッと目覚めると、前方約45メートルの地点に、渋滞のため減速走行を始めたA運転の軽四輪貨物自動車を発見した。Xは、A車両との衝突を避けるため、あわてて急ブレーキをかけハンドルを右に切ったところ、トラックは走行車線と追い越し車線を塞ぐかたちで横転した。Xはその衝撃で一瞬気を失いかけたが、ガソリン漏出による爆発炎上の危険を感じ、運転席ドアを何とか開けて抜け出てトラックから離れ、後続車両に事故を知らせるため発炎筒を振りながら後方へと走り始めたところ、時速約150キロメートルの猛スピードで走行してきたB運転のスポーツカーが横転したトラックを避け切れず衝突大破し、このためBと助手席のCが死亡した。
事故現場付近は道路が左方向に緩やかなカーブとなっており、事故発生当時、辺りは日の出前の薄明で、後続車両は、横転したトラックの約200メートル後方の地点から異常を視認できる状況であり、B車両以外の後続車両は、前方での異変を感じて急ブレーキをかけスピードを最大限に落として、何とかトラックとの衝突を避けることができた。
Xの罪責を論じなさい。ただし、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律を除き、特別法違反については触れなくてよい。
(北海道大学法科大学院平成18年度改題)

解答

第1 過失運転致死罪の成否
1 本問では、Xが、道路上に横転させたトラックにB運転のスポーツカーが衝突しBと助手席のCが死亡している。Xは、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死」亡「させた」として、B・Cに対する過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)の罪責を負うことが考えられる。
2 まず、過失の本質とその認定の判断基準が問題となる。
(1)必要な注意を怠ったの要件に関しては、注意義務違反を意味すると解すべきである。法律上要求される注意義務を果たしたとしても、なお結果が発生した場合には、社会的相当性を有する行為として違法性を阻却するべきである。そして、構成要件は違法類型であるから、そのような場合には、構成要件該当性も否定されるからである。
(2)もっとも、本問では、①制限速度80キロメートルの左側走行車線を、時速約110キロメートルで走行していたこと、②眠気を催し、瞼が開かない状態になりながらも、休憩することもせず走行し続け、仮睡状態に陥り、そのまま約1.2キロメートルばかり進行したこと、③A運転の軽四輪貨物自動車の発見が遅れたこと、④あわてて急ブレーキをかけハンドルを右に切り、トラックを走行車線と追い越し車線を塞ぐ形で横転させたこと等、数個の注意義務違反行為が認められる。このように不注意な行為が段階的に並存している場合、Xのいかなる行為を「必要な注意を怠った」すなわち過失行為と解すべきか問題となる。
(3)この点について、併存する各注意義務違反の行為の全体を過失行為として捉える説がある。しかし、かかる見解では、過失の実行行為があまりにも無限定で不明確なものとなってしまう。注意義務違反として評価されるのは、結果発生の現実的危険があるのに結果回避の措置を講じなかった不作為にあると解すべきであるから、原則として直近の過失をもって用法上の過失と考える。ただし、複数の過失行為が不可分密接に関連していて、過失行為を独立して捉えることができない場合には、全体を過失行為として捉えるべきである。本問では急ブレーキをかけハンドルを右に切ったことが上記事故を引き起こした決定的な原因となっており、①②③はその背景事情と見ることができる。したがって、④のみが、「必要な注意を怠ったことに」当たり、刑法上の過失行為であると解すべきである。
(4)そして、B・Cが死亡していることから、「死」という結果も生じている。
3 もっとも、B・Cが死亡したのは、時速約150キロメートルの猛スピードで走行してきたB運転のスポーツカーが横転したトラックを避け切れず衝突大破したためである。そこで、Xの過失行為とB・Cの死亡との間に因果関係が認められるか。因果関係の存否の判断基準が問題となる。
(1)因果関係は、当該行為が結果を引き起こしたことを理由に、より重い刑法的評価を加えることが可能なほどの関係が認められ得るかという法的評価の問題である。そこで、因果関係の存否は、当該行為が内包する危険が結果として現実化したかという観点から決するものと解する。具体的には、行為者の行為の危険性と、介在事情の結果発生への寄与度を中心に諸事情を総合的に判断して決すべきである。
(2)Xの上記過失行為は、トラックを走行車線と追い越し車線を塞ぐ形で横転させるというものであり、高速道路においてそのような行為を行うことは、死亡事故のような交通事故等を引き起こす高度の危険性を有するものである。確かに、後続車両に知らせるため、Xが発炎筒を振りながら後方へ走り始めたにもかかわらず、Bの運転するスポーツカーが横転したXのトラックを避け切れなかったのは、Bが法定速度を大幅に上回る時速150キロメートルの猛スピードで走行してきたためである。現に、後続車両は、横転したトラックの約200メートル後方の地点から異常を視認できる状況であり、B車両以外の後続車両は、前方での異変を感じて、結果としてトラックとの衝突を避けることができているのである。しかし、B車以外の車両も、急ブレーキをかけスピードを最大限に落として何とかトラックとの衝突を避けることができたのであって、やはり上記のように、Xの過失行為は交通事故等を引き起こしかねないものであったといえる。そうだとすれば、B車両のように法定速度を大幅に上回る速度で走行している車両であっても、起こり得る交通事故等の原因の1つであり、Xの行為に内包された危険性の一部と捉えることができる。したがって、B・Cの死の結果は、Xの行為の危険性が現実化したものというべきである。よって、本問において、上記④の過失行為と、B・Cの死亡との間に因果関係が認められる。
4 以上から、Xは、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死」亡「させた」として、B・C各々に対する過失運転致死罪の罪責を負う。
第2 罪数
上記2罪はXがトラックを横転させたという一つの行為によるものものであるから、両罪は観念的競合(54条1項前段)となる。
以上

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