刑事訴訟法第7問

問題 2022年8月6日(土)

甲は、Aから鞄をひったくったとして、窃盗罪の容疑をかけられていたが、警察官Pは、確たる証拠がなかったため、逮捕するには至らずにいた。そこで、Pは、甲に対し、参考人として取調べを実施すべく、出頭要求をしたが、甲は、仕事を休めないなどと言い、合計5回にわたる出頭要求を全て拒否した。
Pは、Aによる甲が犯人である旨の供述が記載された調書を作成することができたこと、及び甲が度重なる出頭要求に応じないことを理由として、裁判官に対し、逮捕状の発付を求めた。
これに対して、裁判官は、逮捕状の請求には理由があるとして、逮捕状を発付したため(以下「本件逮捕状1」という。)、Pは、これを甲に示した上で、甲を逮捕した。Pは、甲の取調べや甲宅の捜索を実施するなどして、捜査を尽くしたが、起訴するための証拠が揃わないと判断し、勾留請求することなく、甲の身柄を釈放した。
その後、甲の知人である乙が覚せい剤所持の現行犯で逮捕された際、Aの物によく似た物を所持していたため、Pが乙に事情を聴いたところ、乙は甲から物を譲り受けたことが発覚した。また、この物をAに示したところ、Aは、自分のものに間違いないと回答した。
そこで、Pは、上記乙及びAの供述調書を作成し、両供述調書及びAの物を疎明資料として、甲を逮捕するための逮捕状を請求したところ、裁判官は逮捕状を発付した(以下「本件逮捕状2」という。)。
以上の事実を前提として、本件逮捕状1及び本件逮捕状2を発付した裁判官の行為は適法であるかについて、論じなさい。

解答

第1 本件逮捕状1を発付した裁判官の行為の適法性
1 逮捕状発付の実体的要件は、①「被疑者が罪を犯したことを疑うに足」りる相当な理由(逮捕の理由、199条1項本文)及び②逮捕の必要性(199条2項ただし書)である。本件では、①Aから甲が犯人である旨の供述を得られていることから、逮捕の理由は認められる。
2(1)一方で、甲が度重なる出頭要求に応じないことを理由に、本件逮捕状1を発付している。このような場合に、②逮捕の必要性を肯定することができるか。一定の軽微事件については、②捜査機関の出願要求に応じない場合に逮捕できる必要性が肯定されるとされている(199条1項ただし書)。ではそれ以外の場合についてはどうか。
(2)逮捕の必要性について規定する刑事訴訟規則143条の3は「被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない「等」明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」と規定しており、「等」に正当な理由なく出頭要求に応じない事実がないことが含まれるのであれば、逮捕の必要性が肯定されるとも考えられる。しかし、199条1項ただし書は、一定の事件については逃亡又は罪証隠滅のおそれがあるだけでは逮捕できないとして逮捕要件を加重した趣旨である。したがって、出頭要求に応じないことをもって、直ちに逮捕の必要性が肯定されると解することはできない。もっとも、逮捕の必要性についての判断は、捜査の端緒の段階における時期的、時間的、資料的に種々の制約が存する中での判断であることが一般である。そうすると、逃亡すると疑うに足りる相当な理由や罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとは認められないが、そのおそれがないとまでは認められないときは、明らかに逮捕の必要がないとはいえず、逮捕の必要の存否につき明確な判断ができない場合には一応逮捕要求を容れるべきである。そして、被疑者が正当な理由なく出頭要求に応じない場合、そのことから直ちに逮捕の必要性が肯定ができると解することはできないが、正当な理由のない不出頭が数回に及ぶと、これは逃亡又は罪証隠減の疑いを相当強めるものといえる。以上から、出頭要求に対して、正当な理由のない不出頭が数回に及んだ場合には、一般的には逃亡又は罪証隠滅のおそれがないとはいえないとして、逮捕の必要性を肯定できると解すべきである。
(3)本件では、Pは合計5回にわたり出頭要求をしているのに対し、甲は仕事を休めないなどの理由でこれらを全て拒否している。これら全てに正当な理由が認められるのであれば格別そうでない場合には、逃亡又は罪証隠滅のおそれがないとはいえない。そのような場合には、②逮捕の必要性が肯定できる。
3 したがって、そのような場合には、本件逮捕状を発付した裁判官の行為は適法である。
第2 本件逮捕状2を発付した裁判官の行為の適法性
1 本件では、本件逮捕状1に基づき甲を逮捕した後、これを釈放し、時を異にして再び逮捕しようとしている。
2 同一事件(被疑事実)についての逮捕・勾留は、原則として1回しか行うことができない(逮捕・勾留一回性の原則)。逮捕・勾留には、訴訟行為一回性の原則が及ぶべきであるし、厳格な身柄拘束期間(203条から208条)の潜脱を防ぐためである。同条から、時を異にして、同一の被疑事実について再度の逮捕・勾留をすることができないという再逮捕・再勾留禁止の原則が導かれる。もっとも、再逮捕は明文で許容される(199条3項参照)。実質的にみても、逮捕の理由・必要性が復活することはあり得るから再逮捕を認めざるを得ない場合がある。ただし、逮捕の期間制限を無に帰するような不当な蒸し返しにならないよう、再逮捕の要件は厳格に判断しなければならない。具体的には、新証拠や逃亡・罪証隠滅のおそれなどの新事情の出現により再捜査の必要があり、被疑者の利益と対比してもやむを得ない場合であり、逮捕の不当な蒸し返しといえないときに限って再建捕が認められると解する。
3 本件では、甲の知人である乙が覚せい剤所持の現行犯で逮捕されたところ、Aの鞄によく似た色のものを所持していたため、Pが乙に事情を聴いたところ、乙は甲から物を譲り受けたことが発覚している。そして、この鞄をAに示したところ、Aは、自分のものに間違いないと回答しており、新証期が出現し、再捜査する必要があったといえる。一方で、甲は逮捕段階で釈放されており、比較的短期間の身柄拘束を受けたにすぎないから、再逮捕を認めたとしても、甲の受ける不利益はさほど大きなものではなく、やむを得ない。したがって、再逮捕は、逮捕の不当な蒸し返しとはいえない。
4 以上から、本件逮捕状2を発付した裁判官の行為は適法である。
以上

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