民法第8問
2022年8月7日(日)
問題
【設問1】Aは、長らく雑貨屋を経営していたが、高齢のため、店の経営を息子のBに譲った。Bは、店を大きくするためにD銀行に融資を申し込んだところ、D銀行から担保を求められたため、Aに無断で、Aの実印を用いて委任状を偽造し、Aの代理人として、Aが所有する甲土地に抵当権を設定し、その旨の登記を行った(以下「本件抵当権登記」という。)。
以上の事実関係を前提に、以下の小問に解答しなさい。なお、以下の小問は、それぞれ独立したものとする。
(小問1)Aが死亡し、Aの妻であるCとBがAを相続した。B及びCがDに対して、甲土地の所有権又は共有持分権に基づいて本件抵当権登記の抹消を求めた場合、この請求は認められるか。
(小間2)Bは、不慮の事故により、死亡し、AとAの妻であるCがBを相続した。その後、Aも死亡し、AをCが相続した。Cが甲土地の所有権に基づいて本件抵当権登記の抹消を求めた場合、この請求は認められるか。Aが死亡した後に、Bが死亡した場合はどうか。
【設問2】Eは、認知症を患うEの母Fと同居してFの身の回りの世話をしており、Fの所有する乙土地の権利証、実印・その印鑑登録証明書等を保管していた。なお、Eの父はすでに死亡している。Eは、個人でラーメン屋Zを経営していたが、資金繰りが悪化し、取引先Gから借り入れた1000万円の貸金債務を期日までに返済できなくなった。そこでEは、乙土地を処分等して資金繰りをつなごうと考え、Fに無断で「乙土地の売却・担保設定等の処分一切の代理権を付与する」旨の委任状を作成した(以下「本件委任状」という。)。Eは、Gに本件委任状を呈示して乙土地の処分一切の権限を有していると告げた上で、Eの貸金債務の弁済に代えて乙土地を譲渡することができないか交渉したところ、Gは、Eの話に不安を覚えたが、Zの破綻に備えて早期の債権回収を図るのが得策であると考えた。Gは、EはFの子であり、実印等を所持しているのだから、信頼していいだろうと考え、その代理権の有無を確認せずに、Eとの交渉に応じた。そして、Eの貸金債務の弁済に代えて、FからGに乙土地を譲渡する旨の契約を締結した(以下「本件契約」という。)。その後、Fの認知症が悪化したので、Eは家庭裁判所にFについて後見開始の審判を申し立て、EがFの成年後見人に選任された。GがEに対して、本件契約に基づいて、乙土地の登記名義の移転を求めた場合、Gの請求は認められるか。
解答
第1 設問1小問1について
1 Bは、権限無くAの代理人として本件抵当権を設定しているから無権代理人であり、Bの行為の効果はAに帰属しないのが原料である(113条1項)。そして、本人Aが死亡したことによりAの地位を相続したCが自己の相続分について、Bによる無権代理行為の追認(116条)を拒絶して、本件抵当権登記の抹消を求めることはできる。
2(1)これに対し、無権代理行為をしたBが、本人Aを相続したことを理由に、その相続分について、追認を拒絶して本件抵当権登記の抹消を求めることはできるか。この点について、本人と無権代理人との間で相続が生じた場合でも、相手方に無権代理人への責任追及(117条1項)の余地を残すべく、また、相続という事情で偶然に相手方を利する結果となることを避けるべく、両者の地位は当然には融合しないというべきである。もっとも、無権代理人が、本人の地位を相続したことを理由として、その地位に基づき、自らした無権代理行為の追認を拒絶することは、相手方にとって相矛盾する行為といえることから、そのような追認拒絶は信義則上(1条2項)許されないと解される。そうすると、本問でも、Bは追認拒絶できないとも考えられる。
(2)しかしながら、本問では、BはCとともにAを共同相続(898条)しているところ、このように相続がなされた場合、追認拒絶権は、その性質上共同相続人全員に不可分に帰属しており、その一部を分割して行使できるものではない。また、安易に追認拒絶権の分割行使を許せば、法律関係が複雑化してしまう危険がある。そこで、無権代理人が他の共同相続人とともに本人を共同相続した場合において、他の共同相続人が追認を拒絶するときは、無権代理人は自己の相続分についても追認を拒絶できるものと解する。本問で、Cは、本件抵当権登記の抹消を求めているから、追認拒絶をする意思であるといえる。そのため、Bは追認を拒絶し、Cとともに本件抵当権の抹消を求めることができる。
3 以上より、B及びCの上記請求は認められる。
第2 設問1小問2について
1 前段について
前段では、Bが死亡したことにより本人Aとともに無権代理人たるBの地位を相続したCが、その後Aも死亡したことにより本人たるAの地位も相続している。この場合、無権代理人が、本人を単独相続した場合と同視することができる。そのため、第1で述べたところと同様、Cが無権代理行為の追認を拒絶することは信義則上許されない。したがって、Cは、追認を拒絶して、本件抵当権登記の抹消を求めることはできず、その請求は認められない。
2 後段について
後段では、無権代理人Bとともに本人たるAの地位を相続したCが、その後Bも死亡したことにより無権代理人たるBの地位を相談している。この場合、本人が無権代理人を相続した場合と同視することができるところ、その場合に本人の地位に基づいて追認を拒絶したとしても、信義則に反するものではない。したがって、Cは追認を拒絶した上で、本件抵当権登記の抹消を求めることができる。
第3 問2について
1 本件契約は、EがFの代理人として締結したものであるが、Eは同契約時点では何ら代理権を有しなかったのであるから、無権代理行為であって、原則として同契約の効果はFに帰属しない。そのため、その請求は認められないのが原則である。
2 もっとも、本問では、Eが同契約の後、Fの後見人に就任している。後見人は被後見人の財産処分権限を有するから(859条1項)、これに基づいて同契約の追認又は追認拒絶(116条)をすることができる。そして、上記のように無権代理人であるEがFの後見人に就任していることからすれば、Eが同契約の追認を拒絶することは、無権代理人が本人相続をした場合と同様、一種の矛盾挙動であって信義則に反して許されないのではないか。仮に、信義則に反して追認拒絶が認められないとすれば、追認が強制されることとなり、Gの請求は認められることとなる。
3 この点について、追認拒絶が許されないとすることで不利益を被るのは、無権代理人ではなく被後見人であるから、無権代理人自身が不利益を被る無権代理人の本人相続の事案とは利益状況が異なる。後見人は、被後見人との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって代理権を行使する義務を負うのである(869条1項、644条)から、後見人は、被後見人を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における被後見人の置かれた諸般の状況を考慮した上、被後見人の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。ただし、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないこととなる。
4 確かに、EはFの子であり、乙土地の権利証、実印・その印鑑登録証明書等を保管するなど、後見人に就任する以前も、事実上それに準じる立場で財産管理に当たっていたといえる。そのEが無権代理行為を行い、Fの後見人に就任した後に、本件契約の追認を拒絶するとすれば矛盾挙動であり、Gの追認に対する期待を裏切るとも考えられる。もっとも、本件契約は、EのGに対する債務の弁済に代えてて土地をCに譲渡するものであって、Fに利益となるものではない。Eの追認拒絶を認めなければ、Fに多大な不利益を生じさせることとなる。Gが代理権の有無を確認しなかったことを考慮しても、Gの追認に対する期待を強く保護する必要もない。以上の事実を総合的に勝案すれば、本問は上記例外的場合には当たらず、Eによる追認拒絶は、信義則に反し、許されないとはいえない。したがって、Gの請求は認められない。
以上
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