民事訴訟法第8問

2022年8月9日(火)

問題

Xが交差点を横断しようとしていたところ、Yが運転するトラックにはねられ、それぞれが重傷を負った。そこで、Xは、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起した。Xは、入院治療費150万円、休業損害200万円、慰謝料50万円、介護費用200万円を合計した600万円の損害を被ったと考えているが、訴えで請求したのは介護費用200万円を除外した400万円であった。裁判所は、入院治療費を150万円、休業損害を100万円、慰謝料を50万円と認定して、Yに300万円の支払いを命じる判決をした。この判決の確定後、Xは、介護費用200万円の支払いを求める訴えを新たに提起した。この第2の訴えは、どのように処理されるべきか。
(慶應義塾大学法科大学院 平成23年度 小問(2))

解答

1 第2の訴えの問題は、第1の訴えにおける訴訟物をいかに捉えるかにかかる。すなわち、訴訟物が損害賠償請求権全体だと捉えれば、特段の事情がない限り、既判力による拘束力によって、第2の訴えは棄却される(114条1項)。
2 では、第1の訴えにおける訴訟物をどのように解すべきか。この点について、訴訟の必要性や訴訟外における債権の分割行使が許されていることとの均衡からして、訴訟物の分断は認められるべきである。また、明示を要求すれば、被告に対して防御上の不利益が生じることを、可及的に防ぎ得る。したがって、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨の明示がある限り、当該訴訟における訴訟物は、当該明示された一部に限定されると解する。本件では、第1の訴えにおいて、Xは600万円の損害賠償請求権のうち、介護費用200万円を除外した400万円を訴求しているから、明示があったものと考えられる。したがって、第1の訴えにおける訴訟物は介護費用200万円を除外した400万円部分である。一方で、同200万円は第1の訴えにおける訴訟物とならないから、同訴えにおいて既判力が生じていない。したがって、第2の訴えで、同200万円を訴求しても、既判力に抵触することはない。
3(1)もっとも、本件では、400万円の請求に対して300万円の支払いを命じる一部認容判決が下されている。なお、一部認容判決は、原告の合理的意思に反するものではなく、被告の不意打ちにもならないことから、許容される。ここで、前訴の一部請求において一部認容判決が下された場合、残部は存在しないと考えるのが自然である。当事者は、当然債権全体について弁論を尽くし、審理も債権全体について行われたはずだからである。そのため、後訴は、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。したがって、特段の事情のない限り信義則(2条)に反し、訴えを却下すべきである。
(2)本件も、上記のように、前訴の一部請求において一部認容判決が下された場合であるから、特段の事情がない限り、信義則に反し、訴えが却下される。では、本件において特段の事情はあるか。上記のように特段の事情がない限り、残部の請求が認められないのは、当事者が当該債権全体について弁論を尽くし、審理も当該債権全体について行われたはずだからである。そうだとすると、特段の事情の有無はこのような観点から判断すべきである。具体的には、前訴において、審理の範囲が必ずしも債権全部に及ばなかったような事情があるか否かが検討されるべきである。本件では、第1の訴えにおいて、損害費目として「介護費用」が主張されておらず、審理の範囲が必ずしも債権全部に及ばなかったような事情があると考えられる。
4 したがって、第2の訴えの提起は可能であり、本案において請求権の存否につき審理がなされるべきである。
以上

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