刑事訴訟法第9問

2022年8月20日(土)

解説

問題

司法巡査甲は、平成21年5月1日午後6時ころ、「今、公園を散歩中に、若い男から、『所持金を全部出せ。出さないとぶっとばすぞ。』と脅されて金を要求されたが、『金は持っていない。』と言うと、その男は何も言わずに逃げて行った。」旨の被害者からの110番通報を受け、すぐに自転車で現場である公園に急行した。甲は、被害者から犯人の風体や特徴等を聴取したうえで犯人を発見するため付近を捜索したところ、 犯行時から約40分後に、犯行現場から約200メートル離れた場所で、被害者から聴取した特徴と一致する被疑者を発見し、職務質問を開始した。その際、被疑者は、自分は犯人ではない旨申し立てたので、甲は、その場に被害者の同行を求めて対面させたところ、被害者が犯人に間違いない旨述べたことから、甲は、同日午後6時50分、被疑者を恐喝未遂の現行犯人として逮捕した。
(ア)検察官が被疑者を上記被疑事実で勾留請求した場合に認められるか。
(イ)検察官が勾留請求をしないで、被疑者を釈放するとともに、上記被疑事実で緊急逮捕の手続をとり、緊急逮捕状の発付を得て勾留請求した場合はどうか。
(慶應義塾大学法科大学院 平成22年度 刑事訴訟法 小間(1))

解答

第1 (ア)について
1 本問では勾留の実体的要件(勾留の理由、勾留の必要性)は満たすと 考えられるから、専ら勾留の手続的要件(逮捕の前置)を検討すべきである。
2 本問で問題となるのは、後述するように、先行する逮捕手続が違法である場合に、勾留請求に影響を与えるのではないかという点である。そこで、本件建捕が広義の現行犯逮捕の要件を満たすものであるか、検討する必要がある。
(1)現行犯建捕
現行犯逮捕(212条1項)の対象は、「現に犯罪を行い、又は・・・・・ 行い終った」者であり、現行犯性又は時間的接着性が必要である。また、誤認逮捕のおそれの低さという現行犯逮捕の許容理由からすれば、犯罪及び犯人の明白性が必要である。本件では、犯行から50分後に被疑者を逮捕しており時間的接着性が乏しい。また、犯行現場から約200メートル離れた地点で被疑者を逮捕しており、場所的な近接性はあるものの、被害者の供述のみによって犯人と被疑者の同一性を肯定しており、犯罪及び犯人の明白性も認め難い。
以上から、現行犯逮はできない。
(2)準現行犯逮捕
準現行犯逮捕には212条2項各号の要件が必要であるが、本件ではそのいずれも認められず、現行犯逮捕も不可能である。
3 そうすると、改めて上記の点を検討する必要がある。
勾留の扱判は、本来被疑者の身柄を拘束する理由の有無を審査する のであるが、一切連相手続の違法を考慮しないものと解すれば、将来の違法捜査抑止・適正手続(憲法31条)の観点から問題があるし、司法に対する国民の信頼も損なうことになる。また、法は、逮捕について抗告を認めておらず(429条1項2号反対解釈)、勾留の裁判の際に逮捕手続にかかる違法性を判断することを前提としている。
そうだとすれば、逮捕の違法は勾留の適法性にも影響を及ぼすものと して、原則としてかかる勾留請求は却下すべきである。
ただし、勾留の理由及び必要性が認められる状況の下、軽微な違法がある場合にまで全て違法とし、被疑者を釈放するとなると、かえって司法に対する国民の信頼を損なうことになる。
そこで、逮捕手続に重大な違法が存する場合に、勾留請求を却下すべきであると解する。
これをもって本問を検討するに、本件逮捕の時点で緊急逮捕(210 条)の要件を満たしており、その後に逮捕状の発付を受け、時間的な制約(203条以下)も遊守しているとすれば、確かに逮捕手続の違法は軽微であるといえる。
しかし、本問では、逮捕状の発付を受けたという事情はないから、違捕手続に重大な違法が存すると言わざるを得ない。
したがって、原則どおり幻請求を却下すべきである。
第2(イ)について
1 本小問において、検察官は勾留請求をしないで、被疑者を釈放するとともに、上記被疑事実で緊急逮捕の手続をとっている。これは当該被疑者について二度の逮捕手続をとることとなるので再逮捕の問題となる。
2(1)再建捕はこれを許容することを前提とする規定が置かれている(199条3項参照)。しかし、逮捕・勾留の期間制限の潜脱防止及び国民の司法に対する信頼確保・違法捜査抑止の観点から、違法逮捕が先行する場合の再違捕の要件は、厳格に判断しなければならない。
そこで、先行逮捕の違法の程度、逮捕の必要性の程度、犯罪の重大性等の諸要素を勘案し、やむを得ない事由がある場合には、例外的に再逮捕、再勾留を認めることができると解すべきである。
(2)本件では、緊急逮捕すべきところを現行犯逮捕したものにとどまり、違法と評価された理由が形式的瑕疵にすぎない。また、一旦被疑者を釈放して手続をやり直している点についても、法無視の態度は認められない。
さらに本件では被疑者の嫌疑は明らかであるから、逮捕の必要性も高い。また、対象となる犯罪は恐用未遂であって罪質もよくない。
したがって、本件ではやむを得ない事由があるものとして再逮捕及びそれに基づく勾留は認めるべきである。
以上

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