刑法第9問

2022年8月19日(金)

問題解答

甲は、乙と路上で口論していたが、乙が突然隠し持っていた短刀で切りかかってきたので、とっさに足もとにあったこぶし大の石を拾って投げつけたところ、石は、乙の額をかすり、さらに、たまたま、その場を通行中の丙の目に当たった。そのため、乙は全治3日間の傷を負い、丙は片目を失明した。甲の罪責を論ぜよ。(旧司法試験 昭和54年度 第1問)

第1 乙に対する罪責
1 甲が乙に対してこぶし大の石を投げつけ、全治3日間の傷を負わせた行為は、「人の身体を傷害した」ものとして、傷害罪(204条)の構成要件に該当する。甲は、乙の存在を認識しているから、構成要件的故意(38条1項)に欠けるところもない。
2(1) もっとも、かかる行為は乙が突然隠し持っていた短刀で切りかかってきたことに対するものであり、正当防衛 (36条1項)の成立可能性がある。まず、甲の行為は乙が短刀で切りかかってきたことによるものであり、「急迫不正の侵害」がある。また、甲は当然防衛の意思を有するだろうし(「防衛するため」)、石を投げつけるというのも、短刀で切りかかる行為に対する行為としては、防衛行為として必要最小限度のものであるということができ、相当性を有する(「やむを得ずにした行為」)。
(2)しかし、この行為は甲と口論していたことに端を発するものであり、この行為はいわゆる自招侵害に該当する。ここで、いわゆる自招侵害の事例においては、状況を総合しての評価的な認定にならざるを得ない場合も多く、特定の要件の問題とするにそぐわない。したがって、挑発行為における過失の程度、侵害の予期の有無、予期の可能性の有無とその程度、予期し又は予測可能であった侵害の内容と実際の侵害の異同等の具体的事情を考慮に入れ、行為者において何らかの反撃行為に出ることが社会的に正当とされる状況にあるか否かで正当防衛の成否を決すべきである。
(3)本件では、甲乙間では口論しか行われていなかったにもかかわらず、乙は突然、殺傷能力の高い短刀で切りかかってきたのであり、この行為は口論とは性質が異なる。そして、乙は短刀を隠し持っていたのであり、甲にとってこのようなこの行為を予期することは困難である。したがって、本件では、甲において何らかの反撃行為に出ることが社会的に正当とされる状況にあるといえ、正当防衛の成立を肯定できる。
3 以上より、甲は乙との関係では何ら罪責を負わない。
第2 丙に対する罪責
1 甲が投げた石が、丙の目に当たり、丙は失明している。この甲の行為は、「人の身体を傷害した」といえるから、傷害罪の客観的構成要件に該当する。
2 もっとも、甲は丙の存在を認識していないところ、丙に対する構成要件的故意が認められるか。故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件として類型化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないと解されるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったと考えられ、故意が認められると考える。また、このように故意の対象を構成要件の範囲内で抽象化する以上、故意の個数は問題にならないと解する。
本件では、乙と丙は「人」という範囲で一致しており、構成要件の範囲で符合している。したがって、丙に対する構成要件的故意は肯定される。
以上から、傷害罪の構成要件該当性は肯定される。
3(1)ここで、本件では、甲の行為は乙との関係では正当防衛として正当化される。一方で、丙は「不正の侵害」を行う者ではないから、正当防衛の成立はない。
(2)もっとも、緊急避難(37条1項)の成立可能性がある。この点について、正である者に反撃することで現在の危難を回避したとみることができること、防衛の意思には避難の意思も含まれることを根拠として、緊急避難の成立を肯定することも可能だが、本件では、甲が乙からの侵害を避けるために石を投げる以外の行為選択の可能性があるように思われるから、補充性の要件(「やむを得ずにした行為」)を満たさない。
(3)そこで、本件は、第三者への行為は客観的にみれば緊急行為性を欠くが、防衛行為者が主観的に正当防衛だと認識している場合であり、誤想防衛の一種として処理すべきであると考える。 上記のように、故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成されるのに、あえて犯行に及んだ点に求められる。そのため、 自己の犯罪事実を認識・認容した場合に故意責任を問うことができると解する。そして、違法性用却事由がないのにあると認識した場合、違法性の意識を喚起することはできない。したがって、違法性用却事由に認あるとき、犯罪事実を認識しているとはいえず、故意は阻却される。本件では、乙に対して正当防衛が成立する以上、甲の主観では丙に対しても正当防衛の要件を満たしていると考えられる。
したがって、甲の上記行為については、責任故意が阻却される。
(4)なお、過失犯の成否について別途問題となるが、石を投げることで、およそ人に対して傷害結果が生じることは予見可能であり、また、かかる結果は回避可能である。したがって、そのような傷害結果の予見及び結果回避を怠り、人に傷害結果を生じさせているから、「過失により人を傷害した」ものとして、過失傷害罪(209条1項)が成立する。
4 以上より、甲は過失傷害罪の罪責を負う。
以上

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