憲法第12問
2022年9月7日(水)
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問題
法律上の婚姻関係にない日本国民であるA(父)とB国籍の母との間に日本で生まれたXは、平成18年、出生後Aから認知されたことを理由に国籍法第3条第1項に基づき、法務大臣に国籍取得届を提出した。しかし、Xは、法務大臣から国籍取得の要件を備えているとは認められないとの通知を受けた。そこで、Xは、国を相手に日本国籍を有することの確認を求めて提訴した。
国籍法第3条第1項は、昭和59年の法改正により設けられたものであるが、日本国民である父が日本国民でない母との間の子を出生後に認知しただけでは日本国籍の取得を認めず、準正のあった場合に限り日本国籍を取得させることとしている。
このような規定が設けられた主な理由は、日本国民である父が出生後に認知した子については、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得することによって、日本国民である父との生活の一体化が生じ、家族生活を通じた我が国社会との密接な結び付きが生ずることから、日本国籍の取得を認めることが相当であるという点にある。
もっとも、その後、我が国における社会的、経済的環境等の変化に伴って、夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており、今日では、出生数に占める非嫡出子の割合が増加するなど、家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきている。
また、諸外国においては、非嫡出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあり、我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも、児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存する。
以上の事案において、受訴裁判所は、いかなる判決を下すべきであるかについて、憲法上の問題点に触れながら、論じなさい。
【資料】国籍法(昭和25年5月4日法律第147号)(平成20年法律第88号による改正前のもの)(抜粋) (出生による国籍の取得) 第2条 子は、次の場合には、日本国民とする。
一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。 二三(略) (準正による国籍の取得) 第3条 父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であったときは、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。 2 (略)
解答
第1 国籍法(以下「法」という。)3条1項の合憲性について
1 法3条1項は、法律上の婚姻関係にない男女の間に出生し、出生後に日本国民である父から認知された子の日本国籍取得の要件として父母 の婚姻(準正)を要求している(以下、この要件を「準正要件」とい う。)。これにより、日本国民の父と外国人の母から生まれた子で出生後認知を受けた婚外子と同様の条件の婚内子との間で国籍取得について区別(以下「本件区別」という。)が生じている。
本件区別は14条1項に違反しないか。
2 14条1項の規定する「法の下」の「平等」とは、法適用のみならず 法内容の平等をも意味し,立法者も拘束する。また、14条1項は、事柄の性質に即応した合理的な根裏に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨である。なお、差別の理由は、非嫡出子という「社会的身分」によるものであるとも考えられるが、14条1項後段列挙事由は例示的なものにとどまるから、特別な意味はないものと解するのが相当である。
そして、10条は、国籍の取得に関する要件を法律の定めに委ねているが、これは、国籍の取得に関する要件を定めるに当たり、立法府の裁最判断に委ねたものと考えられる。
そうだとすれば、そのような裁量権を考慮しても、なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合、又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には、当該区別は、合理的な理由のない差別として、14条1項に違反するものと解される。
ただし、国籍の法的地位としての重要性や、出子たる身分の有無は子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない事柄であることに鑑みれば、上記合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討することが必要である。
3(1) 目的
法3条1項による本件区別を生じさせた立法目的は、法の基本的な原則である血統主義を基調としつつ(法2条1号)、日本国民との法律上の親子関係の存在に加え、我が国との密接な結び付きの指標とな る一定の要件を満たす場合に限り、出生後における日本国籍の取得を認めることとしたものであり、合理的な根拠がある。
(2) 手段
法3条1項制定当時には、日本国民である父との家族生活を通じた我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったと考えられるから、準正要件を設けたことも、立法目的との間に合理的関連性を認めることができる。
しかし、現在の我が国の家族関係の実態の変化、多様化、国際化の 進展及び国際情勢等我が国を取り巻く国内的、国際的な社会的国境等の変化に照らしてみると、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子のみが日本国籍取得について著しい差別的取扱いを受けているものといわざるを得ず、今日において、法3条1項の規定は、日本国籍の取得につき合理性を欠いた過剰な要件を課するものとなっている。
遅くともXが法務大臣あてに国籍取得届を提出した時点において、法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは、14条1項に違反するものである。
第2 Xの日本国籍取得の可否について
1 法3条1項が違憲であるとして、非正要件のみを除外し、同項に基づいてXに国籍を取得させることは、積極的な立法作用に類似することから、立法府の裁量権を侵害するものではないかとの疑いがある。
2 この点に関しては、一律に判断基準を論じることは難しい。一部違憲無効の解釈の可否については、当該規定の立法理由ないし立法趣旨をはじめ、法全体の基本理念、他の規定等との関係その他法全体の体系的な整合性、残余の規定の持つ意味、効果等を総合考慮した上で、残部のみをもって有効な規定と解することの客観的合理性の有無を判断し、立法行為の量権を侵害するか否かを検討せざるを得ない。
3 法3条1項の規定が違憲であるとしても、同条同項全体を無効とすることによって正があった場合における届出による日本国籍の取得をも全て否定することは、血統主義を補完するために出生後の国籍取得の制度を設けた同法の趣旨を没却する。準正子について届出による日本国籍の取得を認める同項の存在を前提として、本件区別により不合理な差別 的取扱いを受けている者の救済を図り、本件区別による違憲の状態を是正する必要がある。そして、14条1項に基づく平等取扱いの要請と法の採用した基本的な原則である父母両系血統主義とを踏まえれば、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知されたにとどまる子についても、血統主義を基調として出生後における日本国籍の取得を認めた法3条1項の規定の趣旨・内容を等しく及ぼすほかはない。このような子についても、押正要件を除いた同項所定の要件が満たされる場合に、届出により日本国籍を取得することが認められるものとすることによって、同項及び同法の合憲的で合理的な解釈が可能となる。この解釈は、本件区別による不合理な差別的取扱いを受けている者に対して直接的な救済の道を開くという観点からも、相当性を有する。したがって、準正要件を除いた法3条1所定の要件が満たされるときは、同項に基づいて日本国籍を取得することが認められると解すべきである。
よって、Xは、法務大臣あての国籍取得届を提出したことによって、上記のように解釈された同項の規定により日本国籍を取得したものと解すべきであるから、裁判所は請求認容判決を下すべきである。
以上