商法第25問

2022年12月2日(金)

問題解説

問題

甲株式会社(以下「甲社」という。)は、東京都新宿区を拠点として、書籍の出版及び販売をしている取締役会設置会社であるが、会社法上の大会社又は指名委員会等設置会社、監査委員等設置会社ではない。甲社は、定款で株式の全部について譲渡に際して会社の承認を要する旨の定め及び株主総会の定足数を3分の1とする旨の定めがあるが、株主総会の議決権行使について書面投票制度も電子投票制度も採用していない。
甲社の取締役は、A、B及びCの3名であり、代表取締役はAである。甲社の発行済株式総数は600株であり、株主はAが150株、Bが40株、Cが150株、Dが190株、Eが10株保有しており、残りの60株は甲社の従業員が保有している。
甲社では、A及びBの取締役としての任期が満了するため、平成28年3月に開催される定時株主総会において、取締役を選任することになった。A及びBは、再任を希望したため、甲社の取締役会では、株主総会の開催場所を沖縄県那覇市とし、A及び Bを取締役として選任することを議案とすることを決議した(以下「本件議案」という。)。
Cは、近年、甲社の業績が悪化しており、その原因は、A及びBにあると考えていたため、この議案に反対であるとした上で、「この意見はDやEも同様であるから、議案を提出しても否決されるはずである。」と発言していた。なお、甲社は、従来東京都のみで株主総会を開催してきたが、C及びDが株主総会に出席をすると、議案が否決されるおそれがあるため、A及びBは、出席しにくい場所で開催するのがよいと考え、Cの反対を押し切って、沖縄県那覇市を開催場所としたのだった。
Aは、同年1月、上記取締役会決議に基づいて株主総会招集通知を適法に発した。招集通知には、議案としてA及びBの取締役の選任の件、開催場所として沖縄県那覇市と記載されていたが、開催場所を沖縄県那覇市にした理由は記載されていない。
甲社は、同年3月、沖縄県那覇市で予定どおりに株主総会を開催した。A、B、C、E及び従業員株主は出席したが、Dは、東京一沖縄間を往復するだけの時間を作ること ができず、欠席した。本件議案に反対のEは、株主総会会場の最前列に座って質問する べく、開場時刻である午前9時より前に総会会場に赴き、開場と同時に受付手続を済ませて入場した。 もっとも、甲社は EがA及びBに対して、業績不振の理由を問い詰 めようとして、甲社に乗り込んだことがあったため、無用な発言で議事進行が妨害されるおそれがあると判断し、 事前に、会場前方の席に甲社の従業員株主を座らせていた。そのため、Eは、やむを得ず、2列目に座った。Eは、議事が始まると本件議案について質問をしようとしたが、甲社の従業員株主が一斉に「異議なし」「賛成」などの 声を上げたため、本件議案に対する質問をしにくくなり、結局、質問をすることができなかった。
本件議案は、C及びEが反対したものの、それ以外の者が賛成したため、可決された(以下「本件決議」という。)。
本件決議に納得がいかないEは、本件決議取消しの訴えを提起した。そこで主張し得る全ての問題点を挙げた上で、その主張が認められるかどうかについて論じなさい。

解答

第1 総会決議の効力を争うための手段
1 Eとしては、本件決議の効力を争うために、株主総会決議取消しの訴訟(会社法(以下法令名省略。)831条)を提起するものと考えられる。
2 Eは、甲社株を10株有しており、「株主」であるから、本件決議の決議日である平成28年3月から「三箇月以内」であれば、株主総会決議取消しの訴えを提起することができる。
第2 主張し得る問題点
1 Eとしては以下の①から③を、831条1項1号に規定する取消事由として主張することが考えられる。
①本件総会の開催場所である沖縄県那覇市は、特定の株主が出席することが困難な場所であり、「招集の手続が著しく不公正」である。②招集通知に沖縄県那覇市を開催場所とする理由が記載されておらず(298条1項5号、施行規則63条2号柱書)「招集の手続‥が法令‥に違反」する。③従業員株主を予め会場最前列に座らせたことは、議長の議事運営の方法として不適切であって(315条)「決 議の方法が…著しく不公正」である。
2 各取消事由の検討
(1) ①について
株主総会の開催場所について、法は特別の定めを置いていないから、定款に別段の定めがない限り、会社の自由な決定に委ねられている(施行規則63条2号イ参照)。
もっとも、これは株主総会の開催場所について、会社の恣意的な取扱いを許すという趣旨ではなく、合理的な理由なく過去に開催した場所と著しく離れた場所で開催することは認められないというべきである(同号柱書参照)。
甲社では、株主総会は東京都のみで開催されてきたところ、本件総会は、沖縄県那覇市で開催されるから、過去に開催した場所と著しく離れた場所で開催するものである。
そして、これは、C及びDを出席しにくくし、本件議案を内容とする取締役選任議案を確実に通すための工作であったことが明らかとなっている。
したがって、合理的な理由なく過去に開催した場所と著しく離れた場所で開催したものと認められる。
以上から、「招集の手続···著しく不公正」である。
(2) ②について
上記のように、株主総会を過去に開催した場所と著しく離れた場所で開催する場合には、招集通知にその理由を記載しなければならない。(298条1項5号、施行規則63条2号柱書)。
にもかかわらず、本件総会の招集通知には、この理由の記載がないから「招集の手続」が法令に違反する。
(3) ③について
本件総会の決議時には、会場前方の席には既に甲社の従業員株主が優先的に座らせられていた。
議事運営の方法について、法は議長の権限とし、その裁量に委ねている(315条)。したがって、議事運営の方法として合理的である 限り、違法となることはないと解される。
では、かかる取扱いは議事運営の方法として合理的か。
会社は同じ株主総会に出席する株主に対しては合理的な理由がない限り同一の取扱いをすべきである(109条1項参照)。そのため、従業員株主を優先的に会場前方の席に座らせるという措置につき、合理的な理由(必要性相当性)が認められない場合には、議事運営の方法として適切ではないというべきである。
本問では、Eが過去に甲社に乗り込んだことがあったため、Eによる無用な発言で議事進行が妨害されることを回避すべく、上記措置をとっている。
もっとも、Eが無用な発言で議事進行を妨害する危険性が現実的なものであったとは言い難い。
したがって、上記措置をとる必要性は認め難い。
また、Eは、本件議案について、質問をすることができなくなっているところ、株主総会における質問は、議案への賛否を判断する資料を得るためのものであり、議決権行使に当たって極めて重要なもので ある。
したがって、上記措置をとる相当性も認められない。
よって、上記措置には、合理的な理由は認められず、議事運営の方法として適切ではないというべきである。
3 以上から、「決議の方法が・・ 著しく不公正」である。
第3 結論
以上から、Eは上記①から③について取消事由として主張することができる。
なお、2については裁量棄却(831条2項)の可能性があるが、瑕疵が「重大でない」とは認められないから、裁量棄却がされることはない。
Eの主張は全て認められる。
以上

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