行政法第25問
2022年12月5日(月)
問題解説
問題
平成18年改正前薬事法(以下「旧薬事法」という。)では、薬局又は店舗以外の場所にいる者に対してする郵便その他の方法による医薬品の販売方式(以下「郵便等販売」という。)を禁止していなかったため、多くの医薬品販売業者が、郵便等販売を実施していた。
もっとも、我が国の消費者は、一般用医薬品の副作用の危険性に対する認識が十分でない傾向があり、一般用医薬品の添付文書や注意書きを読まずに服用する者も少なくない。そのため、政府は、薬剤師等の専門家による対面での情報提供を徹底する必要があると考え、旧薬事法及び旧薬事法施行規則を改正し、第三類医薬品以外の医薬品については、郵便等販売を禁止することにした(以下、改正後の薬事法及び薬事法施行規則をそれぞれ「新薬事法」「新施行規則」といい、新薬事法等への法改正を「本件改正」という。)。
具体的には、①医薬品販売業者は、顧客に対して、医薬品の適正な使用のために必要な情報等を提供しなければならず、情報提供の際には、薬剤師その他の専門家が、薬局又は店舗において対面で行うことを要すること(新施行規則第159条の15第1項第 1号、第159条の16第1号並びに第159条の17第1号及び第2号)、②第三類医薬品の郵便等販売を行う場合を除き、薬剤師その他の専門家が薬局等において対面で販売することを要すること(新施行規則第159条の14)、③郵便等販売を行う場合は第三類医薬品以外の一般用医薬品の販売は行わないこと(新施行規則第15条の4第 1項第1号)が規定された(以下、これらの規定を「本件各規定」という。)。
なお、一般用医薬品(医薬品のうち、医師による処方箋がなくても一般消費者が自らの選択により使用することができるものをいう。)は、服用することによる副作用等の リスクに応じた分類がされており、リスクが高い順に、第一類医薬品、第二類医薬品、第三類医薬品に区分されており、第三類医薬品は、一般用医薬品の中で最も副作用等のリスクが低いものである。
Xは、店舗で医薬品の販売をしていた店舗販売業者であり、平成16年頃からイン ターネット販売により、第一類医薬品、第二類医薬品及び第三類医薬品を販売していた。しかし、本件各規定により、郵便等販売により、第一類及び第二類医薬品の販売ができなくなってしまった。そこで、Xは、本件改正の取消しを求める取消訴訟を提起した(以下「本件訴訟」という。)。
本件改正が行政事件訴訟法第3条第2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるかについて、論じなさい。
※薬事法は、平成25年法律第84号により、「医薬品, 医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に改称されている。
解答
1 「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」、すなわち、「処分」(行政事件訴訟法 (以下、法令名省略。3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為(①公権力性)のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの(②直接・具体的法効果性)であるのが原則である。
しかし、今日における行政主体と国民との関わり合いは従来想定され ていた単純なものにとどまらない。
そこで、上記基準を基本としつつも、紛争の成熟性、国民の実効的権利救済などの様々な観点を考慮に入れて、「処分」に当たるかを判定すべきであると考える。
2(1) 本件改正は、確かに、国がその優越的地位に基づいて、一方的に行うものであるから、①の要件を満たすことは問題がない。
(2)ア 次に、②であるが、原則として、法令は、一般性抽象性を有するため、その改正についても、直接具体的法効果は生じない。もっとも、法令の制定(改正)であっても、処分と実質的に同視することができるものについては、例外的に、直接具体的法効果が生じ、「処分」に当たる。
また、この点の検討に当たっては、その制定行為の適法性を取消訴訟において争い得るとすることに合理性があるか否かという観点も加味すべきである。
イ 本件改正のうち、確かに、郵便等販売を現に行っている業者との関係では、通信販売をすることができる法的地位を奪うことになり、その限りにおいて、営業取消処分とも類似するものといえなく もない。
しかし、「郵便等販売」とは、薬局又は店舗以外の場所にいる者 に対してする郵便その他の方法による医薬品の販売方式であって、郵便その他の方法による通信販売を行う業者全般が当該規制の対象となるのであって、特定の業者(特定の企業又は個人)のみを規制の対象とするものではない。
したがって、処分と実質的に同視することができるだけの特定性を有するとは言い難い。
ウ また、本件改正に不服がある者は、公法上の当事者訴訟(4条後段)として 以下のように、第一類・第二類医薬品につき郵便等販売の方法による販売をすることができる地位の確認を求める訴えを提起することが考えられる。当事者訴訟が認められれば、国民の権利救済の受け皿が用意されていることになるから、あえて法令の制 定(改正)行為の適法性を取消訴訟において争わせる必要に乏しい。
公法上の当事者訴訟を適法に提起するためには、確認の利益が必要である。
まず、上記地位の確認請求は、自己の現在の積極的地位の確認を求めるものであるから、確認対象の適切性は認められる。また、 X は、本件各規定によって、郵便等販売により、第一類及び第二類医薬品の販売ができなくなってしまっているのだから、自己の法的地位に現実的な危険が生じているといえ、即時確定の利益も認められ る。そして、本件改正の適法性を争うために、本件各規定に違反する態様での事業活動を行い、業務停止処分や許可取消処分を受けた上で、それらの行政処分の抗告訴訟において上記適法性を争点とす ることは、法的利益の救済手続の在り方としては迂遠であるため、方法選択としても適切である。
したがって、確認の利益が認められる。
そうだとすれば、本件改正に不服がある者は、公法上の法律関係に関する確認の訴えにより、本件改正の適法性を争うことができ、これが認められれば、本件各規定による規制を受けずに第一類・第 二類医薬品の郵便等販売をすることができるから、その法的利益の保護として十分である。
確かに、取消訴訟には、対世効を有し(32条)紛争の統一的解決を図り得るという利点があるが、Xら以外の他の販売業者等にも対世効を及ぼして第一類・第二類医薬品の郵便等販売を認めなければ行政運営の対応に困難を来すといった事情は見当たらない。
したがって、本件改正を取消訴訟によって争い得るとすることに合理性があるとは言い難い。
3 以上より、本件改正は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」 に当たらない。
以上