行政法第28問

2023年1月2日(月)

問題解説

問題

A開発事業団は、B県内に試験研究用等原子炉(以下「本件原子炉」という。)を設 置することを計画し、原子力規制委員会に原子炉設置許可申請をし、同委員会から許可を受けた。
これに対して、設置予定の原子炉の周辺に居住しているXは、設置許可の取消しを求め、取消訴訟を提起した(以下「本件取消訴訟」という。)。
以上の事案を前提として、以下の各問いに答えなさい。
1 Xに原告適格は認められるか。
2 Xは、本件取消訴訟において、以下の主張をすることができるか。
(1) 本件原子炉は、平和の目的以外に利用されるおそれがあること
(2) A開発事業団には、本件原子炉を設置するために必要な技術的能力がないこと
(3) A開発事業団には、本件原子炉を設置するために必要な経理的能力がないこと
(4) 本件原子炉は、原子力規制委員会規則で定める基準に適合していないこと
【資料】核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和32年6月1 0日法律第166号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は、原子力基本法(昭和30年法律第186号)の精神にのっとり核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られることを確保するとともに、原子力施設において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当該原子力施設を設置する工場又は事業所の外へ放出されることその他の核原料物質、核燃料物質及び原子炉による災害を防止し、及び核燃料物質を防護して公共の安全を図るために、製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設備及び運転等に関し、大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うほか、原子力の研究、開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために、国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行い、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。
(設置の許可)
第23条 発電用原子炉以外の原子炉 (以下「試験研究用等原子炉」という。)を設 置しようとする者は、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならない。
2 (略)
(許可の基準)
第24条 原子力規制委員会は、第23条第1項の許可の申請があった場合においては、その申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。
一 試験研究用等原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
二 その者(中略)に試験研究用等原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、試験研究用等原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。
三 試験研究用等原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(中略)若しくは核燃料物質によつて汚染された物(中略)又は試験研究用等原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること。
四 (略)
2 原子力規制委員会は、第23条第1項の許可をする場合においてはあらかじめ、前項第1号に規定する基準の適用について、原子力委員会の意見を聴かなけれ ばならない。

解答

第1 設問1について
Xに原告適格が認められるか否かは、Xが「法律上の利益」(行政事件訴訟法(以下、法令名省略。)9条1項)を有するか否かによる。取消訴訟が自己の法律上の利益を守るための主観訴訟であることに鑑みれば、「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのあるものをいう。そして、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たると解する。この判断の際には、9条2項に掲げられている判断要素を勘案することとなる。
2(1) 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「法」という。)は、原子炉の設置を許可制とし(法23条1項)、許可の基準として原子炉設置等に必要な技術的能力の有無(法24条1項2号)や「災害の防止上支障がない」(法24条1項3号)ことが挙げられており、許可の前提として法24条2項において原子力委員会の意見を聴かなければならないと規定している。これに加えて法1条が、目的として国民の生命、健康を保護することを掲げていることからすれば、上記許可要件は国民の生命健康を保護する趣旨から定められたというべきである。
そして、これらの規定に違反して設置許可処分がなされた場合、重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起きたときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される。
(2) したがって、法は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
(3) Xは本件原子炉の周辺に居住し、当該原子炉事故により生命・身体 に直接的かつ重大な被害を受けるおそれがあるから、上記利益を有する。
3 以上から、Xは、「法律上の利益を有する者」として、原告適格を有する。
第2 問2について
1 Xが本件における主張(1)ないし(4)を主張することができるか否かについては、10条1項が「自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない」としていることから、(1)ないし(4) の事由がXの「法律上の利益」に関係しているか否かが問題となる。この点について、文言の統一的解釈という観点からは9条1項と10条1項、206条1項を同義に解するべきである。また、9条1項は訴訟要件レベル、10条1項は本案審理レベルでの規定であり、その目的は共通である。したがって、10条1項の制限は9条1項の制限の範囲と同一である。
2(1) 上記のように、本件でXが有していた「法律上の利益」は生命・身体の安全であり、10条1項により制限されず主張が許されるのは、Xの生命・身体の安全の保護に直接的・具体的に関係のある規定の違反に限られる。
(2) これを前提に、Xが(1)から(4)までの事実を主張することができるかを検討する。
ア (1)については、原子力の平和利用は、確かに、間接的にはXの生命・身体を保護することにもつながり得る。
しかし、これは単に公益として保護されるべき性質のものであり、直接的具体的に Xの法益に関連するものではない。
したがって、(1)の主張は認められない。
イ (2)については、A開発事業団の技術的能力の欠缺があると、本件原子炉について重大事故が起こり、周辺住民たるXの生命・身体の 安全が害されるおそれがある。そうだとすれば、Xの生命・身体の 安全に直接的・具体的に関わるものである。
したがって、(2)の主張は認められる。
ウ (3)については、法24条1項2号が、経理的基礎があることを許可の要件としたのは、原子炉の設置には多額の資金を要することに鑑み、申請者の総合的経理能力及び原子炉設置のための資金計画を審査することにした趣旨である。そうだとすれば、原子炉施設の周住民等の生命・身体の保護を目的として許可権限の行使に制約を課したものではない。
したがって、(3)の主張は認められない。
エ (4)については、上記のように、法24条1項3号は許可要件として「災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」を定め、周辺住民の生命身体の安全を保護している。そうだとすれば、原子力規制委員会規則に定める要件の欠缺は、Xの生命・身体に直接的・具体的に関わるものといえる。
よって、(4)の主張は認められる。
3 以上より、Xは(2)(4)の主張のみすることができる。
以上

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答案