民事訴訟法第7問

問題 2022年8月2日(火)

甲は、乙から借金を繰り返し、また幾度かその一部弁済もなしていたが、現在の残元本額をめぐって争いが生じた。そこで、債務者甲は、債権者乙に対して、「残元本は300万円を超えて存在しないことを確認する」との判決を求めて訴えを提起した。この場合について以下の設問に答えなさい。
(1)債務の上限を示さない場合でも、請求は特定しているといえるか。
(2)甲乙間の債権の発生原因事実に関する証明責任は、甲または乙のどちらが負担するか。また、甲による弁済の事実に関してはどうか。
(3)審理の結果、500万円の債務の存在が認定できる場合、裁判所はどのような判決をすべきか。
(4)甲の請求を認容する判決が確定した後、乙は前訴で甲が自認していた300万円の支払いを求めて訴えを提起した。この訴訟において、実は残債務が100万円しか存在しないと、甲は争うことができるか。
(近畿大学法科大学院平成16年度 第2問)

解答

第1 小問(1)
1 債務者甲は、債権者乙に対して、残元本は300万円を超えて存在しないことを確認するとの判決を求めて訴えを提起しており、債務の上限を示していない。このような場合でも、請求が特定していると認められるか問題となる。
2 この点、金額の明示がない以上請求の特定が認められず、訴えは全て不適法却下すべきとする見解もある。しかし、原告である債務者にとって、債務の具体的な金額を把握できない場合もあり、それにもかかわらず常に不適法却下すべきとするのは、原告に酷である。そもそも、請求の特定が要求される趣旨は、裁判所に対する審判対象の明示、被告に対する防御対象の明示にある。そして、債務不存在確認の場合、請求の趣旨原因や一件記録を斟酌することで、裁判所は審判対象を把握できるし、被告である債権者も防御対象を把握できる。よって、債務の上限を示さない場合でも、請求の原因の記載等により請求の特定は認められると考える。
3 以上より、本問でも300万円という下限を超える債務全体が審判対象となり、請求は特定しているといえる。
第2 小問(2)
1 債権の発生原因事実、また、甲による弁済の事実の証明責任は甲乙いずれが負担するか。証明責任の分配基準につき明文がなく、問題となる。
2 この点、基準としての明確性及び実体法との調和の観点から、その法律効果が自己に有利に働く当事者がその法律効果を基礎付ける適用法条の要件事実について証明責任を負うと解する。すなわち、①権利の発生を規定する権利根拠規定の要件事実についてはその権利を主張する者が、②権利の発生を妨げる権利障害規定の要件事実及び、③一旦発生した権利の消滅を規定する権利滅却規定の要件事実についてはその権利を争う者が、それぞれ証明責任を負うと解する。
3 本問では、(ア)甲乙間の債権の存在は乙の債権という権利の発生についての事実であり権利根拠規定である。よって、債権の発生原因についての証明責任は権利を主張する乙が負担する。また、(イ)甲による弁済の事実は乙の債権を消滅させるものであることから、権利滅却規定である。したがって、甲による弁済の事実についての証明責任は権利を争う甲が負担する。
第3 小問(3)
1 裁判所は残債務が原告の主張する300万円を超えるとして全部棄却判決をすることができるとも思われる。一方で、審理の結果明らかになったとおり、500万円の残債務の存在を認める判決をすることが可能であれば、紛争の抜本的な解決の点でこのような判決の方が望ましいともいえる。もっとも、このような判決は処分権主義(246条)との関係で適法といえるか、問題となる。
2 246条は、実体法上の私的自治の原則を訴訟法上に反映したものであり、その趣旨は、原告の訴訟での解決を求める合理的意思の尊重と被告の不意打ち防止にある。よって、246条に反しないかは、①原告の合理的意思に反しないか、②被告の不意打ちにならないかという観点から判断すべきである。本問では、原告は300万円を超えては債務が存在しないことの確認を求めているのであるから、それを超えた債務の存在が認められた以上、請求棄却判決をなすことが原告の意思に合致するという見解がある。確かに原告としては、残額を後で争うことができたら有利であり、それを望むとも思える。しかし、繰り返し同一債権について訴訟を提起する煩をとることは通常の原告の合理的意思に合致するとはいえず、むしろ原告としては、残額まで確定させ、一度で紛争を終結させることを望むと思われる。よって、①原告の合理的意思には反しない。一方で、被告にとっては、一部棄却部分を含むのだから、②不意打ちになることはない。
3 したがって、裁判所は、請求棄却ではなく一部認容判決としての残債務は500万円を超えては存在しない。その余の請求を棄却する。との判決を下すことができ、またそうすべきである。
第4 小問(4)
1 債務不存在確認の訴えは給付訴訟の裏返しであるから、その主張する不存在部分が訴訟物になる。本問では、前訴の訴訟物は自認額(300万円)を控除した残債務額であるから、自認部分は訴訟物の対象となっていない。既判力は主文に包含するもの(114条1項)、すなわち訴訟物に関する判断について及ぶから、自認部分については既判力の対象とはなっていない。よって、後訴において、その自認部分の不存在を争うことは、既判力によって遮断されることはないのが原則である。
2 もっとも、このように解すると、自認部分については争わない趣旨であると期待した被告に酷であるし、甲も300万円については自認しているのだから、何らかの拘束力を認めるべきである。そこで、矛盾挙動禁止の原則により、判決理由中の判断にも信義則(2条)上の拘束力を認めるべきである。
3 以上より、前訴で300万円について自認していた甲には信義則上の拘束力が及び、甲は、実は残債務が100万円しか存在しないと主張して、争うことができない。
以上

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