憲法第8問

2022年8月10日(水)

問題

A私立大学(以下「A大学」という。)では、かねてより、諸外国の要人が来日した際、同大学へ招いて、その講演会を開催しており、平成25年11月、B国の国家元首であるCの講演会を計画した(以下、A大学におけるCの講演会を「本件講演会」という。)。もっとも、A大学は、B国大使館から警備について万全を期すよう要請されたため、警察と連携して、警備にあたることにした。
具体的には、本件講演会に参加を希望する者は、あらかじめ学籍番号、氏名、住所及び電話番号を名簿(以下「本件名簿」という。)に記入するよう義務付け、本件名簿を警察に提出した。Xは、A大学の学生であり、本件名簿に氏名等を記入した者である。Xは、A大学が、Xに同意を得ることなく、本件名簿を警察に提出した行為は、違法であるとして、民法709条に基づいて損害賠償請求訴訟を提起した。以上の事案における憲法上の問題点について、論じなさい。

解答

1 本件名簿には、Xを含む本件講演会への参加を希望する者の学籍番号、氏名、住所及び電話番号(以下「本件情報」という。)が記載されているところ、A大学が、本件名簿をXの同意を得ることなく、警察に提出している(以下「本件行為」という。)。本件行為は、Xのプライバシー権を侵害し、違法(民法709条参照)と評価されないか。
2(1)まずそもそも憲法上明文を欠くプライバシー権が憲法上保障されるかが問題となる。この点について、私的領域を侵害されないことは平穏な生活をするためには欠かせない利益であるため、人格的生存のために必要不可欠といえる。そこで、プライバシー権は、少なくとも私生活をみだりに公開されない権利として憲法上保障されているといえる。
もっとも、プライバシー権の内容は一義的に明確なものではない。特に、本件情報のような一般に秘匿性が低いと考えられる個人情報もプライバシー権として保護の対象になるのか。プライバシー権は、かつて「私生活をみだりに公開されない権利」と定義されてきた。しかし、現在の情報化社会の進展に鑑みれば、プライバシー権は、消極的な側面に尽きるものではなく、より積極的に定義すべきである。一方で、プライバシー権を「自己に関する情報をコントロールする」「権利」と定義する見解があるが、プライバシー権の内容である「コントロール」という概念は不明確であり支持し難い。そこで、プライバシー権は、私的領域への介入を拒絶し、自己に関する情報を自ら管理する権利であると捉えるべきである。そして、情報開示態様によるプライバシー侵害の局面において、プライバシー権の内容は「他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに開示されない権利」であると解するのが相当である。上記のような意味におけるプライバシー権は人格的生存に不可欠なものとして、13条によって保障されていると解する。
(2)その上で、プライバシー権は秘密主義や引きこもり願望を保護するものではないから、「他人に知られたくない」かどうかは、一般人の感受性を基準に判断すべきである。
したがって、具体的な情報がプライバシーとして保護されるべきものであるとされるためには、①個人の私生活上の事実又は情報で、周知のものでないこと、②一般人を基準として、他人に知られることで私生活上の平穏を害するような情報であることが必要であると考えられる。
(3)以上をもって本問について検討すると、本件情報は1個人の私生活上の事実又は情報で、周知のものでないといえる。一方で、これらの情報は、A大学が個人識別を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。しかし、情報管理技術の高度な発達に伴い大量の個人情報が官公庁や企業、団体等に大量に蓄積される一方で、これらの情報が大量に流出する事態が生じたりする現状においては、②これらの情報も一般人の感受性を基準として当該私人の立場に立った場合、他人に知られることで私生活上の平穏を害する情報であると考えるべきである。以上から、本件の情報もプライバシー権の保護の対象となり、本件行為はXのプライバシー権を侵害しているといえる。
3 もっとも、被侵害法益に対する侵害が認められたとしても、違法性が認められるか否かは別途検討を要する。違法性の有無は、被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係において決せられるからである。この観点から、まず、本問でも、Xに本件情報の開示についての推定的同意が認められる場合や、受忍限度内と認められる場合、公益が優先される場合には、定型的に違法性を欠くものと解すべきである。上記のように、本件情報の内容は秘匿性の低い単純なものであるが、 個人識別情報を含む情報を警察機関に開示されることに推定的同意を定型的に認めることは難しい。また、受忍限度や公益の優先に関しても、 プライバシーを侵害しない他の手段があるとすれば、定型的にこれを肯定することは問題である。したがって、原則として本件行為の違法性は肯定される。
(1)そうすると、個別的・具体的な適法性(違法性阻却)が認められない限り、本件行為は違法なものとなり、A大学は不法行為責任を負うこととなる。プライバシーに該当する個人情報の開示について承諾又は同意がないにもかかわらず違法性が阻却されるためには、法令等に基づく正当な行為であるか、同意を得ないことがやむを得ないと考えられるような事情が存在することが必要である。
(2)本間では、前者に該当するような事情はない。また、確かに、本件講演会は、B国の国家元首であるCの講演会であって、警備の必要性は高いといえる。しかし、A大学にとって、Xに対し本件名簿を警察に提出する点について、同意を得ることが困難であるという事情はなく、A大学は容易にこれを行い得たと考えられるにもかかわらず、あえてこれを行っていない。したがって、本問では本件情報の開示について、Xの同意を得なかったことがやむを得ないという事情は存しないから、本件行為の違法性は阻却されない。
5 以上から、本件行為は、Xのプライバシー権を違法に侵害するものであるから、Xの損害賠償請求は認められる。
以上

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