商法第10問

2022年8月22日(月)

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問題解説

問題

Aは、ハンカチ・タオル等の製造販売を業とする自営業者であるが、経営が次第に悪化し、債務の返済にも支障を来たし始めた。Aは、売掛債権の回収を急いだり、債権者に支払の猶予を依頼するなど、各種の対策を講じてきたが、危機を脱する目途が立たなかった。
Aは、主要な資産として、原材料、在庫品、仕掛品、ハンカチ・タオル等の製造用機械などが設置された工場(当該工場の立地している不動産の借地権を含む。)を有していた。
以上の事実関係の下で、以下の「問い」に答えなさい。なお、Xは、問いで問題とされている行為の前から、Aに対する債権を有していた者である。
[問い] Aは、唯一の発起人となり、一体性のある事業(以下,「本件事業」という。)としてAの主要な資産等を現物出資することによりC株式会社(以下、「C社」という。)を発起設立し、Aの事業を実質的に存続させようとした。 なお、本件事業にはAの負債の一部が含まれていたが、AのXに対する債務は、C社により引き受けられなかった。Xは、誰に対し、どのような主張をすることが可能か。
(東京大学法科大学院 平成19年度 法律科目3改題)

解答

第1 Aに対する請求
Xは、Aの債権者であるから、Aに対して債務の履行を求めることができる。もっとも、Aは経営が悪化している上、主要な資産等をC社に現物出資しているから、実効性を欠く。
第2 C社に対する請求
1 AのXに対する債務は、C社により引き受けられていないため、Xは、C社に対して債務の履行を請求することができないのが原則である。
2(1)そこで、詐害行為取消権(民法424条)を行使し、Aが現物出資した財産の返還を求めることが考えられる。
(2)この点に関して、持分会社においては、詐害的な設立行為がなされた場合に、設立取消しの訴えが認められている(会社法(以下、法令名省略。) 832条2号)が、株式会社においてはこれが認められていない。そうすると、株式会社では、設立行為を行害行為として取り消すことはできないとするのが法の趣旨であると考えることもできそうである。
しかし、同号は、民法424条の特則であるから、株式会社には、一般法たる同条が適用されると解すべきである。仮に、詐害行為として取り消すことができないとすれば、不誠実な債務者がなす財産隠匿を容認する結果となりかねない。 よって、設立行為を許害行為として取り消すことはできると解する。
(3)そこで、同条の要件該当性を検討する。
詐害行為取消権行使のための要件は、①詐害行為の前の原因に基づいて生じた、強制執行可能な金銭債権が存在すること、②債務者の責任財産を減少させる行為があること、③債務者にその認識があること、④債務者の無資力、⑤受益者の悪意である(以上、同条1項、3項及び4項)。
まず、Xは、Aによる現物出資前から、Aに対する債権を有している。この債権が強制執行可能な金銭債権である場合には、①の要件を満たす。
次に、②Aは主要な資産等をC社に現物出資したことの対価として、C社の株式を取得していることになる。もっとも、C社は閉鎖会社であると解されるため、C社の株式の客観的な価値の算定が難しく、強制執行による換価は容易ではない。したがって、実質的な責任財産の価格は減少したと解するのが妥当である。
また、③Aは、経営の危機を脱する目途が立たないことを認識しつつAの事業を実質的に存続させるために、現物出資をしているのであるから、②の事実を認識していた。
さらに、Aは、主要な資産等を現物出資しているのだから、その結果④無資力になっているものと考えられる。
最後に、⑤受益者の悪意については、設立中の会社の発起人を基準として判断すべきところ、Aは、C社の唯一の発起人であるから、間題なくこれが認められる。
したがって、民法424条の要件を満たす。
(4)以上より、Xは、C社に対して、詐害行為取消権の行使として、現物出資を取り消し、これをAに戻す(工場の抹消登記手続請求等)よう、請求することができる。
3(1)また、Xとしては、AがXに対する債務の履行を免れる目的で現物出資を行ったとして、法人格否認の法理によってAとC社を同一視し、C社に対して債務の銀行を請求することも考えられる。
(2) 法人格は、団体の法律関係の処理を単純化するための法技術であるから、法人格が監用されている場合には、その度で法人格を否定することが権利の濫用を禁じる民法1条3項の趣旨に合致し妥当である。
ただし、法人格否認の法理は法人制度の例外であるから、その要件は厳格に解すべきであり、本件のようないわゆる用事例の場合に は、①背後者による会社の支配という事実(支配の要件)、②違法な目的の存在(目的の要件)を要求すべきであると解する。
(3) ①Aは、C社の唯一の発起人であり、100パーセントの株式を有する、いわゆる一人会社であるから、C社は、Aの支配下にあるといえる。
また、②Aの事業を実質的に存続させることを目的として、C社を設立しており、Aの主要な資産等をC社に現物出資しておきながら、その負債は、一部を除きC社に引き受けさせていないのであるから、 Aの債権者からの請求を免れるためにC社を設立したものと推認され、違法な目的が存在する。
(4)したがって、Xは、法人格否認の法理の適用によって、C社に対して債務の履行を請求することができる。
以上

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