行政法第12問
2022年9月8日(木)
問題解説
解説音声
問題
以下の事例において、X1及びX2市の提起した訴えの適法性について、論じなさい。
(1) 農業共済組合連合会であるX1は、A農業共済組合を構成組合員としているところ、Aは、X1に対する農業共済保険料及び賦課金の支払を滞納していた。一方、Aは、自己の構成組合員であるY1に対し、共済掛金等の債権を有している。農業災害補償法(平成29年法律第74号による改正前。現在は、農業保険法に改称。以下同じ。)第122条によれば、Y1・A間の共済関係は、同時にA・X1間の保険関係を成立させることとなっており、その結果、Y1のAに対する債務に遅滞があれば、それ以外に余裕財源のないAは、X1への債務を履行できない関係にあった。そこで、X1は、Aに対する債権を被保全債権として、AのY1に対する共済掛金債権に代位し、支払を求める民事訴訟を提起した。
なお、AのY1に対する債権については、農業災害補償法第87条の2により、Aが、市町村に対し、その徴収を請求することができ、市町村は、これを受けて、地方税の滞納処分の例により、強制執行をすることができる。
(2) X2市は、パチンコ店のY2に対する市民の反対運動を契機として、パチンコ店の建築を規制する条例を制定した(下記【資料】参照)。しかし、Y2は、X2市条例第3条の市長の同意を受けることなく、建築確認を受けて建築工事に着工したため、X2市長は、同条例第8条に基づく建築中止命令を発したが、Y2は、工事を続行している。
そこで、X2市は、Y2を被告として、建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。
【資料】 X2市条例(抜粋) 第3条 X2市内で、パチンコ店に利用する建物を建築しようとする者は、あらかじめ市長の同意を得なければならない。第8条 第3条に違反してパチンコ店に利用する建物を建築しようとする者に対し て、市長は、建築中止、原状回復その他必要な措置をとることができる。
解答
第1 小問1について
1 X1は、Aに対する債権を被保全債権として、AのY1に対する債権を代位行使しているところ、行政上の法律関係に民法423条の適用があるかが問題となるも、行政上の債権であってもこれが履行されない場 合はあり得ることから、これを排斥する理はない。
したがって、この点は問題がない。
2(1)そして、Y1が債務を行しなければ、AはX1に保険料等を支払うことができないという関係が認められる以上、債権保全の必要性はあり、民法423条が定める他の要件を満たす限り、X1の代位行使 が認められるとも思える。もっとも、Y1のAに対する共済掛金債務は行政上の義務であって、民事上の義務ではない。では、これについて司法的執行の方法をとることができるか。
(2)この点について、行政上の強制執行ができる場合、司法的執行は許されないと解すべきである。立法者が行政上の強制執行のような簡易・迅速な仕組みを用意したことの中に、それを活用することが適切であるという立法判断が認められるからである。
本問において、AのY1に対する債権については、農業災害補償法87条の2により、Aが、市町村に対し、その徴収を請求することができ、市町村は、これを受けて、地方税の滞納処分の例により、強制執行をすることができる。 したがって、司法的執行は許されない。
(3) もっとも、行政上の強制執行を行うことができるのはAであり、それを活用することのできないX1には、かかる理は妥当しないとも思える。
しかし、元来、Aは民事上の強制執行をすることが許されないのであり、代位行使の方法によればそれを覆すことができるとするのは不当である。そうだとすれば、Aが有しない権能をX1が代位行使することは許されないというべきである。
3 したがって、X1の訴えは不適法である。
第2 小問2について
1 Y2のX2市に対する義務は、Y2がX2市条例3条の市長の同意を受けることなく、建築確認を受けて建築工事を着工したため、X2市長が同条例8条に基づく建築中止命令を発したことによるものであり、行政上の義務に該当する。
2 そして、前小問と異なり、建築中止義務の履行確保手段たる行政上の強制執行についてX2市条例に個別の規定がない。そうだとすれば、前述の理は妥当せず、司法的執行が認められるとも思える。
しかし、司法的執行の方法を採ることができるのは、「法律上の争訟」に当たる場合か、「その他法律において特に定める」(裁判所法3条110条)場合である。
「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものをいう。
この点について、国や地方公共団体が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合は別として、国や地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴証は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするもので あって、自己の主観的な権利利益の保護を目的とするものということはできない。
したがって、財産権の主体として、自己の財産上の権利利益の保護救済を求める場合は「法律上の争訟」に当たるが、専ら行政権の主体として、国民に対して行政上の義務の履行を求める場合は、「法律上の争訟」に当たらないと解すべきである。
本問のY2の義務は、X2市条例8条に基づく義務であり、行政上の義務である。
したがって、専ら行政権の主体として、国民に対して行政上の義務の履行を求める場合に当たるから、X2市がこれをY2に求めることは「法律上の争訟」に当たらない。
3 次に、「その他法律において特に定める」場合か否かを検討する。
この点については、そのような特別の規定として行政代執行法の規定が想定されるが、行政代執行法1条の規定や制定の経緯等に照らせば、同法は、行政上の義務の確保の一般的手段としては行政代執行に限って認める趣旨であるから、行政代執行法をもって特別の規定であるということはできない。 そして、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。
よって、「その他法律において特に定める」場合にも当たらない。
4 以上から、X2市の訴えは不適法である。
以上