刑事訴訟法第12問
2022年9月10日(土)
問題解説
解説音声
問題
警察官Aは、覚せい剤の密売ルートについて内偵を進めていたが、甲が自宅に覚せい剤を隠し持っているとの情報を得た。そこで甲の身辺調査をしたところ、甲は自宅付近の食堂で、1か月前に無銭飲食をしたことが判明した。10月2日、Aは詐欺罪の被疑事実で逮捕令状を得て、警察官Bとともに甲宅に赴き甲を逮捕するとともに、甲宅内部を捜索した。その結果、覚せい剤は発見されなかったものの、甲の手提げ金庫の中から覚せい剤取引を記帳した手帳が発見されたので、これを差し押さえた。
この手帳の記載によって、10月14日午後6時に、郊外にある量販店P駐車場において覚せい剤20グラムの取引が行われること、取引の相手方の車両番号を知ることができた。Aは、甲になりすまして取引相手を逮捕しようと考え、約束の時間にP駐車場 に行ったところ、駐車場入り口付近に甲の手帳にあった車両番号に一致するワゴン車を発見した。Aは相子を目深にかぶり、同車運転席ドアに近づくと、「約束のものは持ってきましたか」と運転席の乙に話しかけた。乙はAを甲と誤信して覚せい剤が入っていると思われる紙袋を、運転席窓越しにAに手渡したので、Aは待機していた警察官B、Cとともに覚せい剤所持の嫌疑で乙を現行犯逮捕した。以上の警察官Aの行為は適法か。
(北海道大学法科大学院 平成20年度)
解答
第1 甲の逮捕の適法性
1 Aは、専ら本件たる覚せい剤の密売についての被疑事実の取調べを行う目的で、無銭飲食にかかる詐欺罪の被疑事実を利用して甲を逮捕したものであると思われる。
そこで、かかる逮捕は、いわゆる別件逮捕として違法ではないか。
2 この点について、実質上本件の取調べを目的としてなされる逮捕は、別件逮捕として違法となると解するとする見解がある。
しかし、捜査官の主観的意図を令状裁判官が見抜くことは困難であるし、そもそも逮捕の要件は被疑事実について判断するものである。したがって、別件が逮捕の要件を満たしている限り、本件の取調べ目的を有していても、逮捕自体は適法であるとせざるを得ない。
3 甲は、1か月前に犯した無銭飲食について許欺罪で逮捕されているところ、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(199条1項本文)は認められる。また、無銭飲食自体、罪質が悪いとはいい難いが、詐欺罪の法定刑は重く(刑法246条)、その態様によっては起訴価値も認められる場合もあり得ることから、逮捕の必要性(199条2項ただし書)がないとはいえない。
したがって、別件たる詐欺罪の被疑事実について、逮捕の要件は満たしているというべきである。
4 以上から、甲の逮捕行為は適法である。
第2 覚せい剤取引を記帳した手帳(以下、「本件手帳」という。)に関する捜索差押えの適法性
1 Aは詐欺罪で甲を通常逮捕し、引き続き甲宅の捜索を行い、本件手帳について差押えを行っている。捜索差押えについては無令状で行われていると思われることから、これは逮捕に伴う捜索差押え(220条1項2号)によるものである。
では、本件手帳は、同号によって許容される差押対象物に含まれているか。その範囲が明らかでなく、問題となる。
2 同号が定める無令状捜索差押えは、逮捕現場には被疑事実に関する証悪の存在する蓋然性が高い一方、通常は令状発付の要件を満たしているため、改めて令状発付を経なくても人権侵害のおそれは低いことから、合理的な証拠収集手段として認められたものと解される。
そうすると、同号が定める差押えは、逮捕の理由となった被疑事実に関連する証拠物に限定される(222条1項本文、99条1項参照)。
3 本問では、逮捕に伴う技索差押えの被疑事実は詐欺であるから、覚せい剤取引を記録した本件手帳はそれとは無関係である。よって、本件手帳は、220条1項2号が許容する差押えの対象物ではなく、差押えは違法である。
第3 乙の現行犯建捕の適法性
1 乙は、Aを甲と誤信し、覚せい剤の入った紙袋をAに手渡したところ、覚せい剤所持の容疑で現行犯逮捕されている。ここでは、乙が「現に罪を行った者(212条1項)」といえることから、現行犯逮捕 の要件は満たしている。しかし、Aは「約束のものは持ってきましたか」と告げて乙を信用させ、覚せい剤を譲渡させている。このような捜査手法は、国家が犯罪を 創出したとの側面を有し、いわゆるおとり捜査に当たるといえる。このおとり捜査が違法であれば、それに引き続いて行われた現行犯逮捕の適法性にも影響が生じうる。
そこで、上記捜査手法がおとり捜査として違法とはならないか、その判断基準が問題となる。
2(1) まず、おとり捜査が「強制の処分」(197条1項ただし書)に該当し、明文規定なくして行い得ないのではないかが問題となるも、否定すべきである。強制処分とは、個人の意思を制圧し、身体、住居財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為を意味するところ、おとり捜査は詐術的なものではあるとはいえ、犯人が自分自身の意思で行動しており、個人の意思を制圧するという側面に欠けるからである。
(2) もっとも、おとり捜査は特定の犯罪の法益侵害の結果を惹起するおそれがあるから、必要性、緊急性などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる範囲内でのみ許容されるにすぎないと解する。
本問では、覚せい剤の密売ルートを解明する必要性が高く、また、直接的な被害者がいないために通常の捜査方法では限界がある。そのため、おとり捜査を行う必要性が高かった。 また、甲が乙と約束した覚せい剤売買について、今おとり捜査をし、 乙を検挙しなければ、別の機会によらざるを得なくなってしまうので、おとり捜査を行う緊急性も認められるといえる。
一方で、Aは、もともと覚せい剤取引の犯意を有していた乙にその 機会を提供したにすぎない。また、乙に対して「約束のものは持ってきましたか」と告げたにすぎず、働き掛けの程度も軽徴である。
以上のような事情の下では、おとり捜査は適法である。
(3) したがって、この現行犯逮捕も通法であると考え得る。
3 もっとも、Aが取引の日時、場所等の情報を上記違法な捜索差押えで取得した手帳から得ていた点で、そのような先行手続の違法が後続の手続に承継される可能性がある。
この点については、証拠収集手続の違法の程度や後行手続との関連性など諸般の事情を勘案して、先行手続の違法が遮断されたかによって決する他はない。
本問では、上記捜索差押えは、単に被疑事実関連性が認められない本件手帳を差し押さえたというものではなく、明らかに別罪(本件)たる覚せい剤被疑事件の証海収集を目的とした捜索差押えであって、違法性の程度は高く、法無視の態度が顕著にみられる。
また、そのような捜索差押えによって得られた情報から、覚せい剤取引の日時、場所、取引相手、取引相手の車両ナンバーを特定できていること、Aらがその他にその取引の情報を取得していたという事情も認められないことから、先行手続と後行手続の関連性は強い。よって、先行手続の違法が遮断されたとはいえない。以上から、上記捜索差押えの違法が上記現行犯逮捕に承継されるから、結局現行犯逮捕は違法である。
以上