民法第17問

2022年10月9日(日)

問題解説

問題

1 Aは、甲土地の隣地で料亭を営んでおり、甲土地を同店の駐車場として利用したいと考えていた。そこで、Aは、甲土地の所有者であるBに対し、甲土地を賃借してもらうよう交渉を持ちかけた。
交渉の結果、Bは、2020年4月10日Aに対し、賃料を月額100万円とし、毎月末に支払うものと定め、同年5月1日から期間の定めなく甲土地を賃貸し、同日、引き渡した。もっとも、借地権の登記はしなかった。
2 Aは、同年5月1日から、料亭の駐車場として甲土地の利用を開始した。その際、Aは、駐車スペースを区切る線や同店の駐車場である旨の看板を設置した。
3 Bは、2043年7月1日、自己の事業の資金が不足していたため、毎年7月1日ま でに1000万円ずつ分割返済することを約して、Cから1億円を借り受けた。また、同日、その貸金返還債務を担保するために、Bは、Cのために甲土地に抵当権を設定し、その旨の登記をした(以下「本件抵当権」という。)。
4 2046年4月、Aは、それまで特に問題なく駐車場として甲土地を継続的に利用していたが、料亭が繁盛してきたことから甲土地上に別館を作って店舗を拡大したいと考えはじめた。そこで、Aは、Bと交渉し賃貸借契約の目的を建物所有とすることについて合意した上で、甲土地上に乙建物を建築することにした。
そして、2047年9月1日、乙建物の建築は問題なく完了し、Aは乙建物の保存登記をした。その後、まもなく、Aは、乙建物を料亭の別館として利用し始めた。
5 Bの事業は、2051年までは順調に進んでいたが、2052年以降はBの思うようにいかず資金繰りに苦しむようになった。その後もBの事業は下降の一途をたどり、2053年に入り、Cに対する借入金の弁済が滞るようになった。弁済を求めるCに対し、Bは、弁済期を遅らせるよう求めたが、Cに応じてもらえな かった。そして、甲土地に設定された本件抵当権が実行されることになり、2053年8月1日、Dが甲土地を競売により買い受け、同日、その旨の登記がされた。
6 Dは、Aに対し、乙建物を取り壊して甲土地から立ち退くように求めた。しかし、AはDに対し、甲土地の所有権に基づき、乙建物の収去及び甲土地の明渡しを求める訴えを提起した。
なお、Aは、同年7月分までの賃料は遅滞することなくBに支払っており、同年8月分以降の賃料相当額をDのために供託している。
[設問] Dによる、Aに対する建物収去土地明渡請求は認められるか。想定されるAの反論及びその当否も踏まえて論じなさい。

解答

1 Dの請求及びその法的根拠
Dは、甲土地を競売によって買い受け、その所有権を取得したとし て、甲土地を占有するAに対して建物収去土地明渡請求を行っている。
2 想定されるAの反論
(1) Aは、賃借権をもって甲土地の抵当権者であるC及び競落人であるDに対抗することが考えられるが、Aが、2020年5月1日に占有を開始した段階では、借地権の登記(605条)をしておらず、また、甲土地上に乙建物を建築し、その保存登記をすることでこれに代わる対抗要件(借地借家法10条1項)を得たのは、2047年9月1日であるから、2043年7月1日に設定され、登記もなされているCの抵当権に劣後することになる。
したがって、Aは賃借権をDに対することができない。
(2) そこで、Aは、賃借権の時効取得(163条、162条)を主張することが考えられる。
その起算点としては、①占有を開始した2020年5月1日(長期取得時効、同条1項)、②抵当権設定登記がなされた2043年7月1日(毎月取得時効、同条2項)が考えられる。
3 Aの反論の当否
(1) 賃借権の時効取得の可否
ア Aの主張の当否を検討する前提として、そもそも賃借権の時効取得が可能かという問題がある。賃借権の時効取得ができないのであれば、Aの主張は下記を検討するまでもなく失当である。
イ 債権は、占有を要素とせず、一回的給付を目的とし権利行使の様続性が認められないため、一般論としては「財産権」(163条) に当たらず、時効取得が認められないのが原則である。
しかし、不動産賃借権は、占有を要素とし、権利行使の継続性が予定されており、地上権とほとんど変わらない機能を有する。
したがって、不動産賃借権は「財産権」に当たり、時効取得も可能である。具体的には地上権の時効取得の要件に準じ、①土地の継続的利用という外形的事実の存在(「行使する」(同条))と②賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていること(「自己のた めにする意思をもって」(同条))の2点を満たせば、賃借権の時効取得も可能である。
ウ 本件では、Aは、①甲土地を駐車場であることが認識し得る形で駐車場として利用し、また、2047年9月1日から現在まで同土地上に乙建物を所有し、料亭の別館として利用している。上記外形的事実が認められる。また、②Aは、Bに対して、遅滞することなく継続的に資料を支払ったり、Dが乙建物を競落後は、同人のために賃料相当額を供託したりしており、その占有が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているといえる。したがって、162条各項の区分に従って、賃借権の時効取得そのものは、認められる。
(2) 抵当権に対する対抗の可否
ア 主張①について
2020年5月1日を起算点とする場合には、20年経過後の2040年5月1日の経過した時点で取得時効が完成することになる。そうすると、この時点では、まだCの抵当権が設定されておらず、Cは時効完成後の第三者であることになる。
時効取得者と時効完成後の第三者は、時効完成前の第三者と異なり、当該不動産の所有者を起点とした対抗関係に立つと解すべきであるところ、上記のように、Aが乙建物を建築し、保存登記をしたのは、2047年9月1日であるから、Cの抵当権の設定登記がなされた2043年7月1日に後れることになり、Cの抵当権に劣後することになる。なお、この時、時効取得の起算点を任意に選択することは許されない。起算点の任意選択を許すと、実際上時効完成前の第三者しか現れず、取引の安全を害するからである。
以上から、主張①によって賃借権の時効取得をDに対抗すること はできない。
イ 主張②について
では、Cの抵当権設定登記がされた2043年7月1日からさらに10年間を経過したことにより、甲土地の賃借権を時効取得しているとの主張は認められるか。
確かに、上記のように、占有者は先に対抗要件を具備した時効取得後の第三者に対抗することはできないものの、時効取得の対象となる権利が所有権であれば、当該対抗要件具後に新たに時効期間を経過することによって、対抗要件なくして所有権の時効取得を対抗できると解すべきである。取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に、第三者が当該不動産に抵当権の設定を受け、その登記がされた場合には、占有者は、自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされる。そうすると、抵当権設定登記がされた時から占有者と抵当権者との間に、占有者と取得時効完成後の譲受人のような権利の対立(時効取得者が権利を取得すると譲受人が権利を失うという関係。すなわち、当事者類似の関係)が生じるからである。
しかし、抵当権賃借権という本件の事例では、抵当権は用益を内容とする権利ではなく、賃借権と両立し得るのであり、賃借権を時効取得する者が現れたとしても、その反面で賃借権の負担を受けるのは抵当権者ではなく所有者であるから、抵当権者と賃借権の時効取得者との間においては権利の得喪は生じず、この間に物権変動の当事者に準ずる関係が生じるわけではない。
したがって、抵当権設定登記後、新たに時効期間を経過したとしても、抵当権者に対して賃借権の時効取得を対抗することはできないと解する。
以上から、主張②によっても、賃借権の時効取得をDに対抗することはできない。
4 結論
以上のように、Aの反論は失当であるから、DのAに対する建物収去土地明渡請求は認められる。
以上

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