憲法第26問
2022年12月11日(日)
問題解説
問題
A県は、青少年の健全な育成を図るとともに、これを阻害するおそれのある行為を防止することを目的とする青少年保護育成条例を制定した。当該条例は、図書の内容等が著しく性的感情を刺激し、著しく残忍性を助長又は著しく犯罪若しくは自殺を誘発し青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認める場合、知事は、当該図書等を「有害図書類」に個別指定するものとし、また、書籍又は雑誌で、特に卑わいな姿態若しくは性行為を被写体とした写真又はこれらを描写した絵が、規則で定めるところにより知事が指定した内容のものと認められる刊行物のうち、当該写真又は絵を掲載する紙面(表紙を含む。)が10ページ以上又は編集紙面の10分の1以上を占めるものを「有害図書類」に包括指定するものとしている。
そして、同条例は、図書類等の販売又は貸付けを業とする者に対して、有害指定図書類等を青少年に販売し、配付し、又は貸付けることを禁じ、また、自動販売業者に対しては、自動販売機等への有害指定図書類等の収納を禁止し、違反者を20万円以下の罰金又は科料に処するものと定めている。
A県青少年保護育成条例の有害図書類の規制にかかる規定について、憲法上問題とな る論点を検討しなさい。
(神戸学院大学法科大学院 平成16年度 第1問 改題)
解答
第1 明確性原則(21条1項31条)違反
1 本条例における個別指定の要件である「著しく性的感情を刺激。著しく残忍性を助長又は著しく犯罪若しくは自殺を誘発し、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認める場合」包括指定の「特に卑わい 写真又は・・絵」との文言が漠然不明確であって、文面上違憲無効であるという問題である(以下、個別指定及び包括指定を併せて「本件指定」という。)。
2 本条例は、下記のように表現の自由に対する規制であり、罰則規定も あることから、表現の自由に対する萎縮的効果を避け、国民への公正な告知の保障及び法適用者の恣意的裁量の限定を図る観点から、法令の文言はできる限り明確に定めなければならない。具体的には、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れる必要がある。
3 個別指定の要件については、「著しく」との限定を付して「青少年の健全な育成を阻害するおそれ」を明確化しており、包括指定の要件については、文書の場合より視覚的イメージを喚起しやすく適用場面が限定されると考えられるから、いずれも上記基準が読み取れるといえる。したがって、明確性の原則に反することはない。
第2 検閲該当性(21条2項違反)
本条例による規制のうち、特に包括指定については、事前に一切の販売又は貸付けを禁止するものであり、検問に該当するのではないかが問題となる。
検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを意味する。
本条例による規制は既に発売された雑誌等を対象とするものであっ て、また、成人への販売は禁止されないのであるから、検閲には当たらないというべきである。
第3 表現の自由の侵害(21条1項違反)
1(1) 本条例は、書店における有害図書の販売及び自動販売機における販売を禁止し、青少年に対して有害図書を閲読する自由(知る自由)を一律に制約している。
知る自由は、現代における表現の自由を受け手の側から再構成した ものとして、21条1項の保障の下にあるところ、青少年も日本国民であるからこの自由を享有することは疑いがない。
そして、表現の自由の優越的地位に鑑みれば、一般に表現の自由に対する規制は厳格な基準で合憲性を審査されなければならない。
(2) もっとも、青少年は精神的に未熟であって、知識・情報等の選別能 力を十全には有しておらず、青少年の精神的未熟さに由来する害悪から保護される必要がある。
したがって、知る自由の保障の程度が成人の場合に比較して低いといわざるを得ない。
よって、その制約の憲法適合性について厳格な基準が適用されるものではないと解するのが相当である。具体的には、青少年保護のための有害図書の規制が合憲であるためには, 青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性のあることをもって足りると解すべきである。
(3) 現代における社会の共通の認識からみて、青少年保護のために有害図書に接する青少年の間読の自由を制限することは、上記相当の蓋然性の要件を満たすと解される。
以上から、 青少年の知る自由との関係では、本条例は21条1項に反しない。
2(1) 一方で、本件指定があると、自動販売機等へ有害指定図書類の収納が禁止されるから、成人の間読の自由を制約することにもなる。
そして、本件指定がされた後は、受け手の入手する途をかなり制限す るものであり、事前抑制的な性格をもっている(特に、包括指定は、概括的に有害図書として規制するものであるから、その性格が強い。)。事前抑制は、表現を思想の自由市場に到達させる機会を失わせるものであり、また、事後規制よりも濫用のおそれが高いものであるか ら、その規制は厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許される。
したがって、青少年の知る自由を制限することを目的とするものであっても、その規制の実質的な効果が成人の知る自由を全く封殺するような場合には、厳格な審査基準が妥当すると解すべきである。
しかし、本条例に基づく指定は自動販売機における販売のみを規制するものであって、成人は書店等で有害図書類を購入するなどして、これを入手することができるのであり、 青少年の健全な育成の見地に基づく規制に伴う間接的付随的な効果として、閲読の自由に対する制 約が生じているにすぎない。そもそも、有害図書とされるものは、一般に価値がないか又は極めて乏しいからその問読の自由は重要性が 高くないということもできる。
したがって、厳格な審査基準が妥当するものではなく、目的が正当で、目的と手段との間に合理的関連性があり、得られる利益と失われる利益の均衡が図られていれば、合憲であると解する。
(2) 本条例の目的は、青少年の健全な育成にあり、これは上記のように 正当である。
また、手段としても、自動販売機等による購入は、売り手と対面しないため心理的に購入が容易であり、昼夜を問わず販売が行われて購入が可能となる上、収納された有害図書が街頭にさらされているため購入意欲を刺激しやすいことからすれば、書店等における対面販売よりもその弊害が大きい。さらに、包括指定の方法を設けなければ、自動販売機業者において指定がされるまでの間に当該図書の販売を済ませることが可能であることから、十分目的達成をすることができな い。したがって、目的との関係で手段に合理的関連性が認められる。そして、成人の間読の自由は全面的に制約されているわけではなく、また有害図書の同読の自由の重要性は高くないから、上記弊害の大きさに鑑み、得られる利益と失われる利益の均衡は図られている。以上から、成人の知る自由との関係でも、合憲である。
以上