商法第29問

2023年1月6日(金)

問題解説

問題

以下の問題を読んで、解答しなさい。
甲株式会社および乙株式会社はともに、公開会社であり、かつ大会社であるが、指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社ではない。
甲社の代表取締役Aは、乙社との協力関係を深めるため、乙社からの依頼に基づき、乙社の丙銀行に対する5億円の借入金債務について、甲社を代表して丙銀行との間で保証契約を締結した。
甲社においては、上記保証契約の締結につき取締役会の決議が必要となるか。以下の 設例に応じて、解答しなさい。
(小間1) 乙社が甲社の完全子会社である場合はどうか。
(小問2) 甲社の資本金が5,000億円である場合はどうか。
(小間3) Aが乙社の代表取締役である場合はどうか。
(小間4) Aが乙社の総株主の議決権の60%の議決権を有する株主である場合はどうか。
(九州大学法科大学院 平成21年度)

解答

第1 小問1について
1 甲社がその完全子会社である乙社の債務について保証契約(以下「本件保証契約」という。)を締結することは、「多額の借財」(会社法(以下、法令名省略。)362条4項2号)に当たり、取締役会決議が必要となることが考えられる。
(1) まず、保証債務を負担することが「借財」に該当するか。362条4項の趣旨は会社の業務・財産に重大な影響を及ぼす事項について取締役会の決議を徴求することによって、代表取締役の専断を防止し、もって会社の経営を健全化する点にある。
保証人は主債務者と同様の責任を負う(民法446条1項)ことからすれば、上記のような趣旨が妥当するから、「借財」に当たると考えるのが妥当である。
(2) 次に、5億円の保証債務が 「多額の借財」に該当するか、「多額」 性の判断基準が問題となる。
この点に関しては、上記趣旨に照らし、 当該会社によって個別具体的に判断すべきであるから、当該借財の額、その会社の総資産経常・経常利益等に占める割合、 借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。
本件では、甲社が本件保証契約を締結したのは、完全子会社である乙社との協力関係を深めるためである。これは、甲社と乙社の関係性に影響を与えるものであり、甲社にとって相当な重要性を有する。したがって、甲社の総資産、資本金額等を踏まえ、「多額」に当たる場合がある。
2 次に、問題となるのは、乙社が甲社の完全子会社である点である。完全子会社であれば、いわば親会社の一部であるから、親会社としては経済的に自分の金銭債務に担保を供した場合と同様の状況となる。この場合、金銭債務の負担と担保の設定は1つの取締役会決議で足りると考えられることから、本件でも乙社の借入れについて取締役会決議があれ ば、別途保証契約の締結についてまで取締役会決議を経る必要はないとも考えられる。
しかし、完全子会社の債務につき保証する場合であっても、親会社・子会社は独立した法主体であるから、親会社の保証債務は親会社の業務・財産に重大な影響を及ぼし得る。
よって、完全子会社であることを理由に別異に解すべき理由はなく、「多額の借財」に当たり得る。
3 以上から、甲社の資本金額等次第では、本件保証契約の締結につき、取締役会決議が必要である。
第2 小問2について
前述の基準に照らして、「多額」性を判断する。
本件において、5億円の保証債務は資本金5,000億円の0.1%にすぎず、甲社の業務・財産に重大な影響を及ぼすものとはいえない。また、保証の目的は乙社との協力関係を深めるためであり、小問1のよ うに乙社が甲社の完全子会社である場合に比べ、甲社の経営において小問1ほどの重要性を有するとはいえない。
したがって、「多額」性は否定すべきであると考える。
よって、本件保証契約の締結につき、取締役会決議は不要である。
第3 小問3について
1 Aは、甲社だけでなく、乙社の代表取締役も務めているから、Aが甲社を代表して本件保証契約を締結することは、「株式会社と当該取締役との利益が相反する取引」(間接取引)に該当することが考えられる(356条1項3号、365条1項)。もっとも、間接取引について は、その該当性にかかる判断基準が明確でなく、解釈問題となる。
2(1) 利益相反取引規制の趣旨は、取締役個人と会社との利害が相反する場合において、取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為がみだりに行なわれることを防止しようとする点にある。このような趣旨からすれば、間接取引の規制範囲は広く捉えるべきであるとも思える。一方で、この規制範囲をあまりに広沢なものとすれば、取引の安全を著しく害することになる。そのため、規制の範囲については明確性も重視すべきである。
そこで、間接取引に該当するかどうかの判断は、外形的客観的に見て、会社の犠牲の下に、取締役に利益が生じる行為か否かによって決すべきである。
(2) Aは乙社の代表取締役であるから、同社の経営状況に重大な利害関係を有する。そのため、Aは甲社の犠牲の下、乙社の利益を図り、本件保証契約を締結するおそれがある。
そうだとすれば、本件保証契約を締結すれば、外形的客観的に甲社の犠牲の下で、取締役であるAに利益が生じるといえる。
したがって、本件保証契約の締結は間接取引に当たる。
3 よって、本件保証契約の締結につき、取締役会決議は必要である。なお、「多額の借財」に該当する場合は、その観点からも取締役会決議が必要である。
第4 小問4について
1 本件では、Aが乙社の60%の議決権を有する株主であることから、本件保証契約の締結は、間接取引に当たる可能性がある。そこで、上記 で論じた基準をもって、間接取引に該当するか否かを検討する。
2 一般に、会社の株式を過半数以上保有する者であれば、少なくとも普通決議(309条1項)までは単独で通すことが可能であるから、当該会社の存続や配当額の増加に重大な関心を有する。そうすると、取締役 自身が過半数の株式を保有する会社の債務につき、他の企業を代表して保証する場合、会社の犠牲の下、自己の利益を図るおそれがある。
また、過半数を下回る株式を保有する場合について、間接取引該当性を認めないとすれば、基準の明確性は一定程度担保されるから、間接取引に該当する範囲が不明確になり、取引の安全を害するおそれは低い。
3 したがって、本件保証契約の締結は、外形的・客観的にみて、会社の犠牲の下に、取締役に利益が生じる行為として、間接取引に該当するから、取締役会決議が必要である。
なお、「多額の借財」 に該当する場合は、その観点からも取締役会決議が必要である。
以上

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