答練憲法第1回

第1 Bの憲法上の主張
1 Bは、A社がBに対して思想・信条に関する事項についての調査を行ったこと、及びCサークルへの所属を理由として留保解約権を行使し、本件採用拒否をしたことは、政治活動についての申告を強制されない自由及び自己の政治活動を理由に解雇されない自由(憲法(以下、法令名を略す。)19条)を侵害し、公序良俗に反するため無効であると主張する。
2(1)思想・良心の自由は、19条によって絶対的に保障されているところ、かかる自由には、自らの思想・良心の告白を強制されない自由も含まれていると解する。そして、自らの思想に基づいて政治的なサークル活動を行うことは、個人的な思想・信条と関わることであるため、思想・良心の自由として保障され、かかる事項を秘匿する自由も同様に保障される。
(2)また、私人間であっても、私的自治の原則を尊重しながら、社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由を保護するため、私法の一般条項を、憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用すべきである。
(3)それにもかかわらず、A社は、学生時代に学生運動などの政治活動をしていないことを新卒者の採用の条件とし、確認のためにエントリーシートや採用面接で大学時代に所属していたサークルについて尋ねるなどして、思想・信条についての申告を求めている。そして、A社は、Cサークルに所属していたことが明らかになったBに対して留保解約権を行使し本件採用拒否を下している。
A社が採用面接に際し、上記のような事項の申告を求めることは、まさにBの思想・信条を強制的に開示させることにあたる。また、Bが、特定の思想・信条を有していたとしてもA社の事業の遂行に支障をきたすことは考えられないのであるから、A社がこれを理由に採用拒否をしたことはBの思想・良心の自由を侵害するものである。
(4)したがって、A社の本件採用拒否は、Bの思想・良心の自由を侵害したものであるため公序良俗(民法90条)に反し無効である。
第2 A社側からの反論及び私見
1 思想の調査及び雇入れの自由について
(1)A社側からの反論
企業は、どのような者を雇い入れるか、どのような者と雇用契約を締結するのかという自由を有している。そのため、特定の思想・信条を有する者を拒んでも、違法ではなく、その前提として、これを調査することも公序良俗に反するものではない。
(2)対立点
本問においては、Bの思想・良心の自由とA社の雇入れの自由の利益衡量が対立点となっていると考えられる。
(3)私見
ア 私人間でも、私法の一般条項を通じて人権規定が間接的に適用されるべきである。また、法人にも権利の性質上可能限り人権が保障されると解されるところ、A社は選択した職業を遂行する自由たる営業の自由(22条1項参照)の一内容として、採用の自由及び雇入れ後の解雇たる解約留保権の行使の権利を有している。そのため、A社側の反論の通り、雇入れに際し、どのような条件を付けるかは原則として企業の自由であり、企業が特定の思想・信条を有することを理由に雇入れを拒んでも当然に違法ではなく、その採否決定に際して、労働者の思想・信条を調査し、労働者からその申告を求めても当然に違法ということはできない。
このように、企業は、労働者の雇入れについては広い裁量を有するが、いったん労働者を雇入れた場合に、その地位を一方的に奪うことは、過度に労働者の地位を不安定にするものであるため、企業に広い裁量を認めることはできない。そこで、解約留保権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認される場合にのみ許されると考える。
イ Bが秘匿していた内容は、大学時代にCサークルに積極的に参加していたことである。Bが積極的に参加していたCサークルの活動内容は、政府の方針に反対する立場からデモ行進や集会などを行う活動的な団体であった。そのため、A社としては、Bが入社後、社内においてCサークルと同様の活動を始め、A社を混乱させることを懸念して、予めこれを防止しておく必要は認められる。しかしBが、Cサークルに参加していたことを秘匿していたのは、単にA社の就職に際して不利に扱われるのを恐れたためであり、A社で秘密裏に政治的活動を広めようなどととしていたわけではない。また、秘匿した内容からBの思想・信条を推認できるため、これを告白する必要はないと考えることにも合理性はある。そして、Bは、A社で働くために必要なパソコンの基本操作能力が極めて高く、協調性も将来性もあり、A社にとって十分戦力となる資質をもっている人物であったと評価できる。
ウ したがって、A社が留保解約権を行使したことについて客観的に合理的な理由は認められず、社会通念上相当として是認されない。
2 結論
よって、本件採用拒否はBの思想・良心の自由を侵害し公序良俗(民法90条)に反し、無効である。
以上