隠してきた自分を探し当てる

おはようございます。
さて、先々週でしたか、長い文章を書いてチャットで寄越した、とおっしゃっていましたね。当方のSNSアカウントログイン不調という「事案」が起こったので、当方は見れていませんけど、そうすると、若干混乱したというかイライラした感じでFB復活させてください、と返してきたのをわたしは見逃しません。付き合い長いですからね。

かといって、改めてほら今、この別アカウントで待ってるのでコピペして送って、と言っても「もうそれはいいから」という気になってしまっているでしょう。なんのことですか?ってとぼけてみても無理です。で、現に、あの長い文章のことです、と水を向けても、ああ、あのことですか。それよりも、もっと具体的な課題解決系のことを聞きたい(以下略)といってある意味見事にはぐらかしている、実のところ、そんな具体的なググればわかる具体的案件の解決策や金融知識じゃない、自分の心のありようについて、送って寄越したのではないかとわたしは睨んでいます。

さあ、だんだん、ちょっといつもと勝手が違うなって思い始めたでしょう。勝手にこちらで想像しますが、たとえばこんな感じの相談だったのでしょうか。拒絶されるのは怖いけど、とりあえずここでしか本音を話せそうにないので、ちょっと長い文を送ります。って感じかな。

「もう32歳になったけど、普通に周りの人間にあるはずの『心』みたいなものが見当たらない。昔から自分が何をやりたいかなんてあんまり考えてきていなかったし、理屈的に人と接していると酷いことをしたり、相手の感情を逆なでしたり、逆に妙に気に入られすぎて取り込まれてしまうようにもなるし、どうやって自分を操ったらよいのかわからないし疲れる。そもそも心がない(と思っているので)これを改善しようという意思も特に沸かない。だけども、時々同仕様もないくらいに心身が弱る。身体が病気になったりすることがある。もう年なのか。どうしたらいい?」みたいな問題かな。

「おそらく自分でもなんとなく感じているのですが、自分の中で溢れるほどの熱意や、逆に懺悔、悔しさといった強い感情を感じないようになっているので、他人が何に感動しているのを見ても特に影響されない、冷めた自分がいる、そしてそんなそんな冷たい自分が嫌いだ、というような感情かと。それ故に、人が何を考えているかもよくわからないので、それに対してどう対応して良いかもわからない。今一緒に住んでる家族でさえも。」

「いつも合理的に考えるので、他人からすれば突拍子もないと言われることが多い、なので、必要なこと以外は言わなくなってしまって合理的にやり過ごそうと思うようになっている。だけど他人がやることについては、感情を持った生き物としてなんとなく興味はある。だけど自分の側に心がない、もしくは受け止める、共鳴する感情が乏しいから、てか「ない」から、自分の振る舞いによって彼ら彼女らによくない影響が及ぶようで怖いという気持ちがある。特に日本人はわからない。言葉が違う海外の人のほうがよっぽど言葉にできるので、雰囲気を読み取る必要が少なくて楽だ」

「で、そんな自分を変えたいんですけど、周りはバカばっかりに見えてしまうし、そんなふうに思ってしまう自分の醜悪ぶりに驚くし、一体どうしたらいいんですかね(笑)」

みたいな文章だったのかもね。当たっていても当たっていなくても、字面(じづら)は置いといて、あなたの魂の叫びと受け止めます。心を失った身体の、言いようのない哀しみの声。

もともと、あなたの登場場面はちょっと変わっていました。もともと変わったところの多い妻が気の合う名前もおなじな女の子を見つけた、といって喜んでいたところからの、一通のライン転送。そこには、その女の子固有の課題ではなく、その人の夫の転職先斡旋の依頼でした。だいぶ慎重なアプローチを取ってきてます。で、旦那を連れてきたあなたを見て、わたしは相当のタマが来たなと身構えたものです。こいつは骨が折れる、だいぶ複雑骨折系の大ボスだ。ってね。

なので、まずは「旦那の、転職先」に絞って具体的理論的に(明示された)課題に当たることにしました。それはそれで適当に済ませたところで、そうすると、次には本人の転職斡旋についての話が舞い込んできました。相談がある、の数時間後には自宅で夫婦合わせて4人で面談しているというハイスピードです。ここでも、わたしは真の、根本原因である、あなたの、心をごく小さい時にどこかに置いてきたまま放り出したままにしているという問題点については触れずに、あくまで即物的に即応的に、理論的に短期的に収益的にバイト的に話すことに終始しました。徹しました。

つまり、保険業界という金融業界全般について教える、というあくまで「職業訓練」です。本来対処すべきあなたの心の問題、のレイヤーからすれば、2段階格下の、小ボスクラスの課題認識です。とりあえず、「金を稼ぐ、生存への欲求」というあなたのニーズに即応するという意味で、あなたの興味を引くことに成功しました。この段階のあなたに、いや問題の根本はあなたの心の隙間というか丸ごとぽっかり空いた心の在りようですからそっちから対処しましょう、なんていっても警戒され反発され没交渉になるだけだったでしょうから、これもまあ、うまくいったわけです。いいですか。小ボスクラスです。甲子園で言えば、地区大会1回戦みたいなもんです。

そして、そのバイトとしての生命保険業務に生き残るためにいろいろ問答しました。ずいぶん会話しましたが、どうも心から会話しているということはなくて、二人の間にはいつも具体的な、案件の対応というか、作業というか、やること、に満ちていて、それを探して最も手っ取り早く解決してくれる人間チャットGPTといった立ち位置だったような感じです。それだけでも、それは結構重要でいいのですが、そんな対処療法では業務は長く持ちません。

そのうち、毎日の食費(ラーメン代)を稼ぐだけの日々に疑問を覚え始めますね。そして、一ランク悩みのレベルを上げることになります。それが、やっぱり大学行きたかったなーというものです。しかしながら、これも、学びたいとか口で言っても結局「いいところに就職」するというパスポートとして大卒資格があったら良かった程度の認識だったわけですね。だからいろいろ調べても、4年の年限が長いとか、金がかかるとか学びたいことがないとか、いろいろと言を左右にして結局行かなかったという認識でわたしはいます。それで良いわけです。

そろそろ本質を語りましょうか。心って、あー、そこにない、と思ってしまったなら、そらないですね。多分いまのあなたに欠落しているのは、「良心」ではないです。あなたの言葉や文章、チャットに振る舞い方や考え方を、ずいぶん長い時間眺めてきた一番近くの他人としては、要するにあなたはとても疲れているようにみえるのです。それも、とても慢性的に。長いあいだ、つよいストレスの環境に置かれていて、しかし、それからほんのちょっと解放されたばかり。もしかしたら、あまりに慢性的すぎて、その自覚もないかもしれない。わたしには、そんな感じにみえるわけ。疲れすぎていて、肩こりも感じない、痛みも感じない、疲れているっていう感覚が麻痺している、そんな感じだね。

話が前後するけれど、あなたに「自分を変えるための決定的な意思が欠けている」と思っているならば、まず大きな誤解なんだと思います。意思を奮い立たせるには、体力がいります。そして、あなたは疲れている。意思がないんじゃない。意思を支える体力が足りていません。ヒットポイント一桁。それは何故だろう?あなたは、まず周囲を見渡して、自分自身が「一体どんなものによって脅かされてきたのか?」を考えるべきですね。意思をどうこうしようとしても、それじゃあ上手くいきません。夢にまで出てくる危険国家公務員時代の嫌な記憶や、家庭でのネグレクトなどがフラッシュバックすれば、それはきっついよ。

そして、おそらく、大部分のおそれ、それは「家庭にまつわるもの」なんだとおもう。あなたの話や文章を読んでいると、そこには本当に寂しげな大人の影をかんじる。あなたの身近に、とても孤独をかんじているひとがいるはずだ。あなたは、その彼女を抱きしめてやれたらいい。いまはまだ難しいかもしれないね。やがて、いつか。ゆっくりと。…うん、それでいい。ような気がする。

それができたら、きっとあなたに落ちた影もスッと引き下がってくれるだろう。いなくなることはないけれども、あなたのために、少しだけその影たちは、道を譲る。あなたの大部分は、いまその影によって支配されているようにみえる。亡くした心の空白とでも呼ぶべきかな。

わたしの好きなアニメ作品に、バケモノの子、という映画がある。人とバケモノの世界の間に落っこちた、ネグレクトされて人間の世界から爪弾きにされた二人の男の子の物語だ。主人公のほうは、バケモノ界隈でも、やっぱり虐げられる。もうひとりのライバルは、バケモノ界隈で一二をあらそう、名家に嫡子同様として育てられる。だけど、自分は人間だとうっすらとわかってしまう方のライバルは、いつの間にか、受ける愛情をよそに心の闇を深くしていく。心をどっかに追いやってしまうんだね。そして、二人は対決することになる。心に穴が空いた人間は強い。けど、その強さを制御できない。自分自身も壊してしまう。そりゃそうだろ。操縦桿の壊れた飛行機を操縦しようなんて、無理な話だ。御巣鷹山に落ちた日航機123便と同じ運命をたどる。そして、他人に迷惑をかけまいとして動き回り、のたうち回り、巻き添え者を増やしてしまうのだ。そこに、心に師匠のバケモノが転生した剣を仕込んだ主人公が一閃を食らわして、ライバルを救うというフィナーレだ。

ここで、世界の片隅でひっそりと暮らしていこうという意識が芽生えることになる。あなたもきっとそうだったのだろう。わたしの本心は置いておいて、とりあえず、この寮付きの危険職国家公務員の職にありつけばOK。という合理的な考えだ。だけども、それは、あくまで緊急避難。そっからもう14年が過ぎて、海外にも行って、そしてもう32歳になった。今日明日で飢えて死ぬことはない。家族もできたし子供もいる。そろそろ自分を取り戻す、巻き戻しをはじめるべきだ。

さて、はなしの続きだね。そういうわけで、甲子園地区予選のタイミー的金融業界バイトから足を一旦洗って、次に学びの道に自分を投入するという決断をする。それってすごいことで、「働くもの食うべからず」「他人の施しを受けたらろくなことはない、支配される」というあなたのドグマに少しだけ風穴が空いた。あなたは成長した。自分に矢印を向けることができるようになってきた。他人のカネは受け取らないけど、絶対に言いたくない自分の実家にカネの無心をしたそうじゃない(失敗だったと言うけど)。それが成長です。つまり、わたし的なコンサルテーションプログラムとして、最初の甲子園地区予選レベルだったバイト先での振る舞い方実践編、に比べてずいぶんレベルがあがり、いうたら甲子園出場県予選、くらいのレベルに来たわけだ。中ボスクラスや。

だから、毎日のように話すことはなくなった。それは通常の成長ステップで問題ない。代わりに担当教官が質問攻めで少し困ったかもしれないが、それはそれで、彼にとっても大きな挑戦でチャンスで面白い素材だったので良いと思っている。そして、彼は私より遥かにお人好しで優秀だ!なにしろ、心、のある真実の名を持っている人だからね。心がある、っていっつもわたしは強調するけどあれは単に言葉遊びをしているわけじゃないよ。特にあなたに向かって、言っているのよ。さて、2段階目まで来た。相手は中ボスだ。しっかりやんな。

でも、いよいよ次を見据えないといけない。あなたの良心の所在についてだ。その良心はどこへいった?今はない。けど、そもそもは、そこにあったのだろうか?まずあなたは、SF系RPGの厄介なラスボスみたいな感じで、『コア』をどこかに隠している。それで勇者と対峙しているってわけだ。賢いよね。またアニメやゲームの話をして申し訳ないが、私の一番好きな1995年のクロノ・トリガー、ラスボスのラヴォス、の本当のボスは、真ん中にいるデカいバケモノじゃない。横に2つ並んでいる、子分の「ビット」のうちの右のビットが本当のコアでありラスボスなんだ。それから、約束のネバーランド、という漫画やアニメ、映画もあるが、これもバケモノの「鬼」は身体の中のどこかにある「核」を潰さないと、いつまでも再生し続けて死なない。それくらい核は強力なんだ。逆に言えば、核=心さえあれば、肉体は滅びない、というか相当強く持つ。私がえらい健康体で、病気知らずでいつもハイテンションで動き回っている割に安定していて助けを呼んだらいつでも駆けつけてくるのはどうしてかわかるか?暇だからじゃない。身体が頑健だからじゃない。それは、心がしっかり備わっていて、そこに剣が仕込まれているからだ。その心を貫くように、脳髄から脊柱が、軸として差し込まれている。こういう奴は簡単には死なない。悪態もつくし面倒くさいが、人に頼られる。人間しか人間の問題は解決できないということを知っている。

繰り返しますが、あなたは慢性的に疲れています。そうして病気がちです。入院もするし、風邪も引きます。病院好きなのもわかります。だけども、それは、置いてきた心の、ぽっかり空いた隙間に直接剣を差し込んでしまえば血も出るし、何より痛いからです。軸を立てようと脳髄をフル回転させようとしても、そもそも痛覚神経が痛すぎてイカれているから、まともな反応が取れないのです。繰り返しますが、とっても小さい頃、心をどっかにしまい込むだけでは守りきれずに、どこか、自分も知らないところに心を放り投げて来ましたね?もしくは、隠したときはここに隠した、とおぼえていたかもしれないけれども、心の在処を吐け、って親に(特に母親に)脅された時に記憶から自ら消したのかしら。言うとくけど母親のほうも、心を、そんな幼少期に置いてきた似たものどうしよ。このままでは、あなたも、その母親のようになるよ。母親は父親が引き受けた。だから次に行こう。理屈と理論だけで人間同士の付き合いやコミュニケーションはできない。まずは心を取り戻さないと。人と話をしよう、気兼ねない話を聞こうというとき、ノートとペンをもって話を聞かせてください、では誰も本音は話さないよ。自分の心の内から盛り上がってくる自分自身の心で自分の言葉で話さないと。心を取り戻すことの効用はもう一つある。自分で考える、ってことだ。他人に教えてもらうんじゃない。他人に侵食されたり、利用されたり、そういうリスクをいつもいつも負い、疑心暗鬼に苛まれて、最後には死ぬ。

心を探しに行こう。この課題提示については、いままでわたしはあえて避けてきました。慎重に避けてきたので、あなたにもあまり警戒されていませんね。先日なんかは、研究室で、何気ない調子で(もちろん意図をもって話しかけた)旧姓で名乗る、という話について、「私は旧姓は捨てました」と言い放ちましたね。はい本音が出ました。仮に話相手の生い立ちや経緯を全否定するような話をする学生や教官がいたら、それって共感を得られますかね。私の人生(経験)は大したことがないので捨てました、と言い切る人間って、ちょっと、というか相当恐ろしくないですか?

さて、ラスボス攻略にあたり。その「コア」を破壊しないかぎり、「サイボーグ」のあなたは倒れることがない。つまるところ、あなたはそこに居ないんだ。だから物理的にはとっても痛いけど感覚的にはそんなに痛くないし、だれかを痛めることになったとしても、その結果を目の当たりにしたとしても、どこか「スクリーンの向こう側のできごと」のように捉えてしまっている。そういうことじゃないのかな。それはゲームとしては面白くない。自分は無敵状態なわけだ(痛くてたまんないけど)。相手はそんなピカピカマリオ状態(スターを食った、けど疲弊度マックス)なあなたをみてどう思うだろうか。きっしょいわ。痛いわー、ってなるかな。

その戦い方を、あなたは一体どこで覚えたのかな。わたしは、それをやるのは、あまりにも早すぎるように思うよ。それは、あなたのその身体には、とてもじゃないけど早すぎる。そして、もう30年にもなるのだとしたら、長すぎる。わたしの母親は、わたしが小学校5年生、つまり10歳のときに、重度のリューマチを発症した。そこから34年、必死で生きたよ。人の3倍の苦痛を受けたと思う。だけど精神=心はやられなかった。すごいことだと思う。あなたはあなたの、病気を治すべきだ。わたしも、危機的な状況や腹わたが煮えくり返るときにはかような麻薬的戦い方で一瞬の成果を狙うこともある。だけども、そんなのは、ごく短時間だ。身体を消耗し、心を削る。いいことは一つもない。もちろん、そのような時に躊躇なく剣を抜けるよう、普段から鍛えている。

こんな状態で、「良心」なるものを理屈として働かせるほうが、むしろずっとフシギな話だとおもう。だから、あなたにないのは「心」でも「意思」でもない。体力なんだ。その『コアを抽出して、どこかに隠しておける特殊能力』をつかわずに、裸のままの自分で世界と対峙していく、虚無の闇に負けない、体力なんだ。あるいは、その心を探しに行く、そういう勇気なんだ。それを支える、理論や経験や、わたしといった第三者のおせっかい者の存在なんだよ。そういう風にまわりの良き者たちを使え。

そしてあなたは、その貴重な経験の記憶なるものを「影」に盗まれてしまった、影にくれてやったのかもしれない。おそらく、あなたは、非常に外形的客観的には、動き回っているけれども、あなたは、たぶん「自分でなにかをしてきた、という感覚」に乏しいんじゃないかな。とはいえ、客観的にみれば、一般的な同級生なんかよりは、もちろんずっと「やってきた」わけだ。それは認める。誇ってよい。

でも、「やってきた、という感覚」だけがない。フシギだよね。それは、きっと「影」の時間だったんだ。あなたがやったんじゃない。いままでのすべては、影があなたを支配した時間に、あなたの身体をつかって「影」がやってきたことなんだよね。「心」を人質にしてね。もしかしたら、夫を持つ、子を生む、育てるといったこと自体もそういう影がやってきたことだとしたら。家族の気持ちがわからないって思う時が正常なのかも知らん。すまん。ものすごい怖いことを言っている。わたしも、嫌われたくないけど自分の「心」に従わないといけない、その機会がいま来たと思っている。だから書く。そもそも、心のない人間に嫌われたとしても、それは嫌われているということにはいるのかどうかすら、よくわからん。

そういうわけで、あなたはその主導権を取り戻さなくちゃいけない。いまのあなたには、あなたの主導権がないんだ。それは心がないから。心がない私を、ということを言っているんだから自覚があるはず。だから対処のしようはある。けれども、みんなの真似っこをして泣き叫んでみたり、ときにはそんな激情に身を任せて「年相応なこと」をしたり、そういうことができない。

さて、みんながみんな、そんな心をしっかりもって、やっていっているというわけでもない。本心?そんなものは、ありゃしない。みんな、みんなの真似をしているだけさ。真似をしているひとの真似をして、それをまた真似をして真似をして、あれれ?となって、それが元々だれのものかも分からなくなって。だから、それを便宜上、本心と呼んだり、良心と呼んだりしているだけなのさ。

あなたは、ただ「みんなの真似」をして遊びたいだけなんだ。けれど、そのための主導権がない。あなたには影が落ちている。そして、それは寂しげな大人の、とてもちいさな背中をした影だよ。あなたは、そんな彼女と友達になってあげなくちゃならない。ちょうど、今のあなたの一番上の子供くらいの大きさだね。

さて、あなたはどうしたいんだろう。わかるよ。あなたはこんなことを「言われたくない」「聞かれたくない」んだ。わからないから。そして、わからないことは、こわいよね。わからない人になるのは恐ろしい。「わからない人は醜いんだぞ」と、影が囁くから。わたしを嫌いになるのかもしれない。でもそれもうっすらと、影によって、好かれてるんだか頼られてるんだかわからんうっすい関係を続けるよりは、面白いことだと思うことだね。わたしはそう思う。影ではない、心をもったあなたと話をしてみたいと思うわ。

いいんだよ。わからなくたって。わからない疑問をもちながら過ごす。それでいいんだ。これは試験じゃない。だから点数もないし、答えあわせすらもないんだ。もちろん、先生もいない。すぐ、手っ取り早く、解決策を求めてしまおうとするけれども、答えのない問いを立てる力が必要なんだ。そのためには、少しだけこの世界を自分自身の光で照らすためにも、心を取り戻しに行ってくれ。

ただ、じーっとボーッと疑問を片手にピクニックする。そこにあるクエスチョンは、ただしずかな散歩道に咲いている花と、なんら変わらない。そこにあることは何の罪でもなくて、だからといって、べつに救いでもなんでもないんだ。あなたは、どうしたいんだろうね。その醜さを克服したいのかな。あるいは、その醜さと友達になりたいのかな。その影は、今なんと言ってる?寂しいね。ほら、そのうちきっと泣けるよ。真似をしてみるんだ。ほら、あなたの影が泣いている。あなたは小さい頃の自分と、友達になるんだよ。いっしょに泣くんだ。悲しくなくても、それが本心でなかったとしても。それが本心であってほしいと、あなたが願うようになる、そのときまで。こころが追いつくまで、そこで泣き続けたらいいんだ。

心と身体が分かれてしまったプロットの話がもう一つある。ジブリ作品、ハウルの動く城、だね。カルシファーとハウルは、小さい頃に、ハウルの心臓と引き換えにカルシファーに命を吹き込む。ハウルには心臓がないので、どこでも戦えるし、けっこう不死身です。だけど、心はあいかわらず少年のまま成長しないので、身体は大きくなり経験を増すけど、それを少年のままの心臓が処理しきれない。きついです。映画ドラえもんの名作ベスト3に入る、魔界大冒険のラスボス大悪魔も、彼の心臓は別の星の衛星として隠していたから銀の矢が身体に当たっても平気だった。その後見つけ出してジャイアンがストライク投球で仕留めた。影といったらゲド戦記のアレン。ずっと捨ててしまった自分の影に怯えて過ごす。それから、世界的大ヒット物語のハリー・ポッター。最大のライバル、「あの人」と言われるトム・リドル、通称ヴォルデモート卿の心は、9つの分霊箱というものに封じられてそれらは凶悪な番人らによる結界で守られているよね。心を別枠に置くことで無敵になれるというテーゼは昔から鉄板なんです。ですが、身体が自分のものではなくなってしまう。あなたも、穴がぽっかり空いたままにしなきゃならなかった大きな出来事はたくさんあったと思う。だけど、今もそれを続けるのかな?戦争は終わったよ。防空壕から出て、陽の光を浴びよう。

これからは、「案件」「事案」「相談」ベースの二次三次ベースの話ではなくて、より直接的な一次ベースの、あなたは何をしたいのか、どう思うのか、生きてる実感はあるのか、をより多く聞きたいものです。それが人間が人間をより深く理解することを目的としている、わたしの望むところです。もう一つ、わたしのモットーを繰り返す。挑戦、感謝、希望。今回は、この3つ勢揃いの話を書きました。

とりあえず以上