大学院に行くのは何のためか
【大学院になんのために行くのか】
大学院に行くということを少し考察しておきます。
わたしも学卒、つまり大学院には行っていない者です。
学卒22歳で社会に出てから28年弱、一日も途切れることなく仕事を続けてきました。
10以上のたくさんの会社を経験しました。
会社というのは、当たり前ですが、労働力含む人格を提供して、給金や報酬を会社からもらう
という立場であることは変わりありません。
どんな一流企業で研修が充実してようが、それは究極的には会社の売上や利益のためであり、
要すればいかに従業員や社員からその能力や時間、集中力を搾り上げるか、ということです
世界企業のグーグルは、シリコンバレーの高級住宅街に住まわせ、専用シャトルバスで職場に送り迎えして、食堂は無料でいくらでも会社組織や機器スペースを使い放題です。それは、彼らが認めた超・能力者を気分良く飼いならし、彼らの能力を最大限社業に投下するための、装置であり仕組みです。
会社は報酬や地位、そしてグーグルの高級幹部であるところの称号や名誉を与えて、そんな従業員をチアアップします。年俸3,000万円超、とか、そういうわかりやすい指標です。強欲資本主義社会のアメリカらしい。
それは、株主も、経営者も、顧客も、債権者も、全ての利害関係者、ステークホルダーが求めるものです。
ですが、それは、働く当の「社員」「従業員」としての人生にプラスなのかマイナスなのか。それは全くわかりません。むしろ別物なのです。
そして、その判断を下すのは個々の従業員です。周りが決めることではありません。
わたしは、会社の売上や収益にならない活動をこれでもかとやらかしていますので、経営者にも株主にも、ともすれば取引先に対しても、本気を出していないと思われているかも知れません。しかしながら、自分を稼働させる究極のエンジンは自分自身です。長い期間、逃げ上手に特化し、ぶつからず対立せず、それでも独自の成果を上げてきて、ときに会社自体を窮地から救った実績を持つのはこの当事者意識と自分を大切にしてきたふるまいのおかげです。自分の人生を都合よく他者に委ねないという態度です。要は自分勝手です。無責任さです。
しかし、効率的に動くということをあえて崩すことで、自分の身体の組成や考え方を柔軟にし、よりしなやかに生きやすくするということはできます。わたしの勤め人期間28年においても、労働というものの考え方や環境は大幅に変わりました。その都度、時代時代に即した振る舞いで対応しながら、自分自身の軸を立てて行かねばライフワークは全うできません。もちろん、最低限の暮らしを立てていくライスワークは非常に重要です。しかし、手軽だからといってファストフードとコーラだけ食べていては身体を壊すのと同様、いろいろ無駄や遠回りしながら進まなければ、人生の味というのは味わえないのではないかと思っています。毎食10万円の高級料理を食べていても、逆に身体を壊すでしょう。そういうことです。ですが、給金や報酬については、高ければよいというドグマが支配しています。本当にそうなのでしょうか。
こういうのは、キャリアが若い人が言ってもあまりピンときませんが、少なくとも当年50歳を迎える私が言えばそれなりの説得力があると思っています。
そして、何より、完全にキャリア形成に失敗して負け犬となり遠吠えをしているように見えてしまっても、それも積極的に取ってもらえません。
ある程度逃げながら、それでも一定以上の、できれば他ではなしえない成果を示す。そしてその見返りとしての地位や報酬については「だが断る」「自由を選ぶ」の精神で行きたいと、かように贅沢なことを考えているのです。めちゃくちゃです。狂っています。
しかし、そういう確固たる軸を持っているので、なぜか人が寄ってきます。地位有る人ない人、男も女もこれでもかと相談事を持ってくる。わたしはわかりやすい事例で、28年間で集めた名刺12,000枚超(一年あたり400枚以上)と言ってますが、本当はそんなもんで測られるものではないと自負しています。その私がいうわけです。大学院は行ったほうがいいと。
そういう意味で、大学に籠もり研究課題を自らとこれぞと頼む指導教官(教授)と組み上げ、他人に査読されながら研究するというプロセスを踏むのは、またとない経験になると私は思います。
以上が、私が大学や大学院といった、高等教育機関や研究機関をおすすめする理由です。就職転職活動、をやめて自らの能力開発に目を向けた瞬間、あらゆる企業からのオファーが殺到するという逆説を、この目で多く見てきました。学卒の就活など、どんなにやっても芸能オーディションに過ぎません。AO入試の延長です。そろそろいい年なんですから、自分の世話を自分でするようにシフトしてみても良いと思います。
結果、大学に行く行かない、会社やめる、会社続ける、実家に帰る、彼氏彼女の家に転がり込む、いずれもありだと思います。しかし、二人でお話していて示してくれたあなた様の「悩み」については、それなりに直接的な対処法、向き合い方になるのではないかと考えます。
はいはい、わたしをよく知る多くのみなさんにとってはいつもの長い話でしたかねw
以上です