民法第6問
問題 2022年7月24日(日)
Aは、Bに対し、A所有の甲絵画(時価300万円。以下「甲」という。)を200万円で売却して引き渡し、BはAに代金全額を支払った。Bは、その1か月後、Cに対し、甲を300万円で売却して引き渡し、CはBに代金全額を支払った。現在、甲はCが所持している。AB間の売買は、Bの詐欺によるものであったので、Aは、Bとの売買契約を取り消し、Cに対し甲の返還を求めた。
1(1)Aの取消しがBC間の売買契約よりも前になされていた場合、AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し、両者を比較しつつ、論ぜよ。
(2)(1)の場合において、Cが甲をAに返還しなければならないとき、BC間の法律関係はどうなるか。
2 Aの取消しがBC間の売買契約よりも後になされた場合、AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し、両者を比較しつつ論ぜよ。なお、これらの構成は1(1)で示した2つの構成と同じである必要はない。
(旧司法試験 平成18年度第1問)
解答
第1 1小間(1)について
1 法律構成
本問では、Aの取消しがBC間の売買契約より前になされており、Cはいわゆる取消後の第三者に当たる。この場合、①Cの即時取得(192条)の問題として処理する法律構成と、②AC間の対抗問題(178条)として処理する法律構成が挙げられるので検討する。
2 ①Cの即時取得
BC間の売買契約より前にAが取消し(96条1項)をしたことによりAB間の売買契約が遡及的に無効(121条)となっているため、BC間の売買契約当時、Bは動産につき無権利者となる。Cは甲につき現実の占有を得ている以上、善意無過失であれば、即時取得(192条)が成立し、動産である甲の所有権はCに帰属する。
3 ②AC間の対抗問題
AB間の売買契約が取消しにより遡及的に無効(121条)となるが、 当該遡及効はあくまで擬制であり、取消されるまでは有効であった。そのため、取消しによる現所有者Aに対する復帰的物権変動を観念でき、AC間はBを起点とする二重譲渡類似の関係となる。よって引渡し(178条)を先に得た方が、動産甲の所有権を確定的に取得する。通常Aが取消しの意思表示をした時点で、占有改定(183条)による引渡しは得たといえ、Cはその後に甲の現実の占有を得た(182条1項)としても、Aに優先することは難しい。
4 以上、2つの法律構成を比較すると、①Cの即時取得の法律構成の場合、Cは善意無過失でなければならないが、引渡しを受けた時期にかかわらず、Aに優先することができる。これに対し、②AC間の対抗問題の法律構成によると、CはAより先に甲につき引渡しを得る必要があるが、これは通常考え難い。よって、本問は、通常192条によってACの優関係が決せられることとなり、即時取得(192条)はその適用上対抗関係(178条)によって決した優劣を覆す効力を有することとなる。
5 以上より、Cに即時取得が成立すれば、Aの請求は認められない。
第2 1小問(2)について
1 Cが甲をAに返還しなければならない場合、CはBに対し、債務不履行を理由とする解除(542条1項1号)に基づく原状回復請求としての代金返還請求(545条1項本文)及び損害賠償請求(415条1項、2項1号)をすることが考えられる。
2 まず、債務不履行に基づく解除について検討する。 Cが甲をAに返還しなければならない場合とは、即時取得が成立しない場合(CがBの無権利について悪意又は過失の場合)であり、この場合、Bは、甲の所有権を取得してCに移転する義務を負う(561条)。そして、すでにAがCに対して甲の請求をしていることからすると、AはCに甲の所有権を移転することを承諾しないものと考えられる。そのため、BはCに対して同義務を履行することができず、社会通念上同義務は履行不能になっている(412条の2第1項)。また、 Cには上記悪意又は有過失があるが、上記Bの義務の不履行についての責めに帰すべき事由(543条)までは認められない。よって、履行不能に基づく解除が認められる。
3 次に、債務不履行に基づく損害賠償請求について検討する。債務の展行が不能であるとき(415条1項、同条2項1号)に当たり、Cの損害及びその間の因果関係も認められる。また、Aによる取消後にBがCに対して甲を売却している以上、履行不能についてBの責めに帰することができない事由も認められない(415条1項ただし書)。
4 以上より、CのBに対する損害賠償請求が認められる。ただし、Cの主観的態様に鑑み過失相殺がなされ得る(418条)。
第3 小問2について
1 法律構成
本問では、Aの取消しがBC間の売買契約より後になされているので、Cは取消前の第三者に当たる。この場合、(a)Cの192条類推適用して処理する法律構成と、(b)96条3項の第三者として処理する法律構成が挙げられるので検討する。
2 (a)Cの192条類推適用の可否を問題とする構成
BC間の契約時点においてAB間の契約が取り消されていないものの、取消しの遡及効によりBは当初より無権利者であったと考えることができるから、192条の類推適用が認められる。 したがって、CがBによる詐欺の事実につき善意無過失であれば、動産甲の所有権はCに帰属する。
3 (b)96条3項の第三者として処理する構成
同条の趣旨は、取消しの遡及効を制限し、第三者を保護する点にあるから、第三者とは、詐欺による法律関係に基づいて取得された権利について、新たな独立の法律上の利害関係に入った者をいう。Cは詐欺によるAB間の売買契約に基づいてBが取得した甲の譲受人であるから、第三者に当たる。なお、このように説明すると、上記のように、取消後の第三者との間では、取消しの遡及効は善意であることを前提としているから、 その関係で矛盾があるように思える。しかし、理論的には、取消前の第三者についても擬制的物権変動を観念することはできるところ、96条3項は、第三者に対する取消しの主張を封じる規定であるから、かかる物権変動が第三者との関係では生じない。そのため、矛盾はない。
したがって、CがBによる詐欺の事実につき善意無過失であれば、96条3項の第三者に当たり、甲の所有権を取得する。
4 結論
以上を前提に、2つの法律構成について比較すると、実体的には第三者保護要件に違いはない。もっとも、善意無過失の立証責任の所在が異なる。(b)即時取得の場合、真の権利者Aが即時取得を主張する者Cの悪意又は過失を立証しなければならないのに対し、(a)96条3項の第三者を主張する場合、第三者Cが自己の善意無過失を立証しなければならない。その意味で、第三者Cは(b)即時取得を主張することによって優先権を主張するのが通常といえる。
以上
◁刑事訴訟法第5問
▷商法第6問
問題と考え方と答案構成と解答
解答 アガルート
第1 小間(1)について
1 本問では、Aの取消しがBC間の売買契約より前になされているので、Cは取消後の第三者に当たる。
この場合、①Cの即時取得(192条)の成否を問題とする法律構成と、②対抗問題(178条)として処理する法律構成が挙げられる。
そこで、以下、両者を比較しつつ論ずる。
2 Cの即時取得の成否を問題とする構成
BC間の売買契約より前にAが取消し(96条1項)をしたことによりAB間の売買契約が遡及的に無効(121条)となっているた め、BC間の売買契約当時、Bは動産につき無権利者となる。 Cは甲につき現実の占有を得ている以上、善意無過失であれば、即時取得(192条)が成立し、動産である甲の所有権はCに帰属する。
3 ②対抗問題として処理する構成
AB間の売買契約が題及的に無効(121条)となっているものの、 当該遡及効は擬制であり、取り消されるまでは取り消し得る行為も有効である。そのため、取消しによって現所有者Aに対する復帰的物権変動を観念でき、AC間はEを起点とする二重譲渡類似の関係にある。したがって、(178条)が適用され、「引渡し」同条を先に得た方が、甲の所有権を確定的に取得する。
通常Aが取消しの意思表示をした時点で、占有改定(183条)による「引渡し」は得ているから、Cはその後に甲の現実の占有を得た(182条1項)としても、Aに優先することは難しい。
4 (1)以上を前提に、2つの法律構成を比較すると、1の法律構成の場合、Cは善意無過失でなければならないが、「引渡し」を受けた時期にかかわらず、Aに優先することができる。これに対し、②の法律構成によると、CはAより先に甲につき「引渡し」を得る必要があるが、上記のようにこれは通常考え難い。
(2)したがって、本問は、通常192条によってACの優関係が大せられることとなり、192条はその適用上178条によって決した優劣を覆す効力を有することとなる。
以上から、Cに同時取得が成立すれば、Aの請求は認められない。
第2 小問(2)について
1 Cが甲をAに返還しなければならない場合、CはBに対し、債務不履行を理由とする解除(542条1項1号)に基づく原状回復請求としての代金返還請求(545条1項本文)及び損害賠償請求(415条1 項、2項1号)をすることが考えられる。そこで、前小問を踏まえ、この点について構成を前提に検討する。まず、債務不履行に基づく解除について検討する。 Cが甲をAに返還しなければならない場合とは、即時取得が成立しない場合(CがBの無権利について悪意又は過失の場合)であり、この場合、Bは、甲の所有権を取得してCに移転する義務を負う(561条)。そして、すでにAがCに対して甲の請求をしていることからすると、AはCに甲の所有権を移転することを承諾しないものと考えられる。そのため、BはCに対して同義務を履行することができず、社会通念上同義務は履行不能になっている(412条の2第1項)。また、 Cには上記悪意又は有過失があるが、上記Bの義務の不履行についての 「責めに帰すべき事由」(543条)までは認められない。
したがって、履行不能に基づく解除が認められる。
3 次に、債務不履行に基づく損害賠償請求について検討する。
上記の通り、「積格の展行が不能であるとき」(415条1項、同条2項1号)に当たり、Cの損害及びその間の因果関係も認められる。また、Aによる取消後にBがCに対して甲を売却している以上、履行不能についてBの「責めに帰することができない事由」も認められない(415条1項ただし書)。したがって、CのBに対する損害当請求が認められる。ただし、Cの主観的態様に鑑み、過失相殺がなされ得る(418条)。
第3 小問2について
1 本問では、Aの取消しがBC間の売買契約より後になされているので、Cは取消前の第三者に当たる。この場合、(a)Cの192条類推適用の可否を問題とする法律構成と、(b)96条3項の「第三者」として処理する法律構成があげられる。
(2)Cの192条類推適用の可否を問題とする構成
BC間の契約時点においてAB間の契約が取り消されていないものの、取消しの通及効によりBは当初より無権利者であったと考えることができるから、192条の類推適用が認められる。 したがって、CがBによる香取の事実につき意無過失であれば、動産甲の所有権はCに帰属する。
3 196条3項の「第三者」として処理する構成
同項の趣旨は、取消しの題及効を制限し、第三者を保護する点にあるから、「第三者」とは、詐取による法律関係に基づいて取得された権利について、新たな独立の法律上の利害関係に入った者をいう。
Cは詐欺によるAB間の売買契約に基づいてBが取得した甲の譲受人であるから、第三者に当たる。なお、このように説明すると、上記のように、取消後の第三者との間では、取消しの遡及効は「善意」であることを前提としているから、 その関係で矛盾があるように思える。しかし、理論的には、取消前の第三者についても擬制的物権変動を観念することはできるところ、96条3項は、第三者に対する取消しの主張を封じる規定であるから、かかる物権変動が第三者との関係では生じない。そのため、矛盾はない。
したがって、CがBによる次の事実につき意無過失であれば、96条3項の第三者に当たり、甲の所有権を取得する。
4 以上を前提に、2つの法律構成について比較すると、実体的には第三者保護要件に違いはない。
もっとも、善意無過失の立証責任の所在が異なる。即時取得の場合、真の権利者(A)が即時取得を主張する者(C)の悪意又は過失を立 証しなければならないのに対し、96条3項の場合、第三者が自己の善意無過失を立証しなければならない。その意味で、第三者は、即時取得を主張することによって優先権を主張するのが通常である。
以上