憲法第6問
問題 2022年7月27日(水)
Xは、厚生労働事務官として、来庁した訪問者に対し、あらかじめ作成されたマニュアルに基づき、年金受給の可否や年金の請求等に関する相談を受ける業務をする一般職員である。Xは、衆議院総選挙に当たり、A党を支持する目的で、A党の機関紙の配布を行った(以下「本件行為」という。)。具体的には、Xは、自己の勤務時間外である休日に、公務員であることを明らかにすることなく、無言で郵便受けに機関紙を配布した。また、配布のための準備行為等においても、国ないし職場の施設を利用したりすることはなかった。 検察官は、本件行為が、国家公務員法第111条の2第2号、同法第102条第1項、人事院規則14-7第6項第7号に該当するとして、Xを起訴した。
本件における憲法上の問題点について論じなさい。ただし、委任立法の問題については、検討しなくてよい。
【資料】国家公務員法(昭和22年10月21日法律第120号)(抜粋)
(政治的行為の制限)
第102条
職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
2、3(略)
第111条の2
次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の禁額又は100万円以下の罰金に処する。
一 (略)
二 第102条第1項に規定する政治的行為の制限に違反した者
人事院規則14-7(昭和24年9月19日人事院規則14-7)(抜粋)
(政治的行為の定義)
6 法第102条第1項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。
一~六(略)
七 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。
八以下(略)
解答
第1 法令違憲について
1 Xは、国家公務員法111条の2、同法102条、人事院規則14-7の各規定により起訴されているが、本件各規定は、表現の自由(21条1項)を侵害し、違憲無効ではないか問題となる。本件各規定は、政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物の配布等を制限している。表現の自由は民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権の中でもとりわけ重要なものであるところ、上記のような政治的行為は政治的意見の表明を内包するのが常であり、公務員にも一般の国民と同様、表現の自由の保証が及ぶのが原則である。
2 しかし、かかる自由も、絶対的無制約のものではなく、公共の福社(12条、13条)、その他憲法上の他の要請により制約を受けることがあり、憲法上特別な地位にある全体の奉仕者(15条2項)たる公務員の政治的行為については、おのずから一定の制約を免れない。そして、その行為の禁止により公務員の政治的中立性を維持し行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保することも憲法の要請にかなう国民全体の重要な利益であるから、この利益を守るため政治的中立性を害するおそれのある政治的行為を禁止することは、合理的で必要やむを得ない限度にとどまる限り合憲である。
3 そして、上記の限度にとどまる禁止であるか否かは、①禁止の目的、②この目的と禁止する政治的行為との関連性、③禁止することにより得られる利益とこれにより失われる利益との均衡の3点から検討する必要がある。これをもって本件を検討するに、まず、①本件規制は、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという正当な目的に出たものである。次に、②禁止の対象となっている政治的行為をみると、その行為は、政党等の機関紙等を発行し、編集し、配布し、又はこれらの行為を援助することであって,政治的偏向の強い行動類型に属するものにほかならず、政治的行為の中でも、公務員の政治的中立性の維持を損なうおそれが強いものであり、政治的行為の禁止目的との間に合理的な関連性をもつものであることは明白である。また、③その行為の禁止はもとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動がもたらす弊害の防止をねらいとしたものであって、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、単に行動の禁止に伴う限度での間接的・附属的な制約にすぎず、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認められない。以上から、本件各規定による政治活動の禁止は憲法に違反しない。
4 なお、罰則を科している点についても、禁止自体が合憲とされ、禁止される行為が国民全体の重要な共同利益を害するものであるときは、原則として刑罰をもって臨むか否かは、国会の立法裁量に属する問題であり、罪の均衡等の観点からして著しく不合理なものでない限り、違憲とはならない。
5 以上より、本件規制は禁止自体が合憲とされ、禁止される行為が国民全体の共同利益を害するものであり、また、罰則も罪刑の均衡等の観点からして著しく不合理なものではなく、立法府の合理的判断として許容される。したがって、適正手続(31条)にも反しない。
第2 適用違憲について
1 まず、Xの本件行為が形式的にみて機関紙たる新聞その他の刊行物を配布するものであることは明らかである。しかし、表現の自由の上記のような重要性に鑑みると、上記の目的に基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は、国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が限定されるべきものである。
2 したがって、本件各規定が禁止する政治的行為とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指すと解する。そして、その判断は、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して決すべきである。
3 本件におけるXは、来庁した訪問者に対し、あらかじめ作成されたマニュアルに基づいて、年金受給の可否や年金の請求等に関する相談を受けるという基本的には裁量の余地のない業務をしており、管理職的地位にない。また、Xのした本件行為は、職務と全く無関係に行われ、国ないし場の施設も利用していない上、その態様も無言で郵便受けに機関 紙を配布したにとどまるものであって、公務員による行為と認識し得るものではなかった。したがって、本件行為は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものとはいえない。
4 以上より、本件行為は本件各規定が定める政治的行為に該当しないため、Xにこれを適用する限度で表現の自由(21条1項)に反し、違憲である。以上から、Xにこれを適用することはできず、Xは無罪である。
以上
◁民事訴訟法第6問
▷行政法第6問