刑法第6問

問題 2022年7月29日(金)

次の各事例における甲及び乙の罪責について論じなさい。自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律を除き、特別法違反については触れなくてよい。
(1) 甲は、自動車で会社へ通勤している者であるが、前日夜遅くまで仕事をしていたため、自動車の運転中、強い眠気を覚えたが、遅刻しそうだったため、そのまま運転を継続していた。甲は、交通量の多い道を抜け、見晴らしのよい道路に出たとこ ろで、安心してしまい、居眠り運転をしてしまった。そのため、甲は、時速約40キロメートルで、前方に駐車していたAの自動車に自車を衝突させてしまった。Aは、当時、Bを自動車内に監禁していたところ、その衝突によって、トランク内にいたBが頭を強く打って、死亡した。
(2) 乙は、法定速度60キロメートルの道路において、原動機付自転車を運転中、右折するため、センターラインより若干左側を右折の合図を出しながら時速約20キロメートルで進行し、右折を開始した。その際、乙は、前方及び右方向に自動車等が存在しないことを確認するにとどまり、後方の安全を十分に確認しなかったため、この後方を時速約70キロメートルの高速度で走行し、センターラインの右側にはみ出して乙を右側から追い抜こうとしていたCの運転するバイクを発見することができず、同バイクに、乙が運転している原動機付自転車を衝突させた。 Cは、これによって、転倒し、頭部外傷等によって死亡した。

解答

第1 小問(1)
1 甲は、居眠り運転をし、自車をA車に衝突させ、Bを死亡させているから、自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死亡させたとして、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)の成立を検討する。
2 この点、甲は、自動車の運転上必要な注意を怠った、すなわち過失があったといえるか問題となる。過失犯の本質については、法律上要求される注意義務を果たしたとしても、なお結果が発生した場合に、社会的相当性を有する行為として違法性を阻却するべきである。構成要件は違法類型であるから、かかる場合には、構成要件該当性も否定される。必要な注意を怠ったという過失は、構成要件要素であり、予見可能性を前提とする客観的予見義務違反及び結果回避可能性を前提とする客観的結果回避義務違反からなるものと解する。
3 本件につき、予見可能性の有無を検討すると、BがA車内のトランクに監禁されているという異常な事情があり、甲がこの事情につき予見可能であったとはいえないとも考えられる。そこで、予見可能性はいかに判断すべきか、問題となる。単なる危険犯を処罰するとすれば、責任主義に反する結果となるから、具体的な結果及び当該結果に至る因果経過の基本的部分の予見可能性が必要であると解する。もっとも、予見可能性は、結果回避義務を基礎付けるためのものであるから、一般人をして結果回避へと動機付ける程度の予見可能性があれば足りると解する。このように、予見可能性は結果回避義務の前提要件にすぎないから、およそ構成要件的結果の発生が予見できれば足りると考える。これを本問についてみるに、居眠り運転によりおよそ人の死傷を伴う何らかの事故を起するかもしれないことは、当然予見し得たものといえる。したがって、予見可能性及び予見義務違反を肯定できる。そして、居眠り運転をしなければ避け得た事故を避けられなかったのであるから、結果回避可能性及び結果回避義務違反も認められる。
4 以上より、甲は、自動車の運転上必要な注意を怠った、すなわち過失があったといえる。そして、甲の上記過失行為によって、Bは死亡しているのであるから、よって人を死亡させたといえ、甲には過失運転致死罪が成立する。
第2 小間(2)
1 乙は、後方の安全を十分に確認せずに右折し、乙が運転している原動機付自転車をCの運転するバイクに衝突させ、Cは、これによって死亡しているから、過失運転致死罪の成立を検討する。
2 本件では、乙は後方の安全を十分に確認せずに右折した場合、およそ人に対する死傷の結果発生を予見できたといえるから、予見可能性及び予見義務違反は認められる。また、十分に後方の安全を確認していれば、上記事故を避けられたと考えられるから、結果回避可能性も認められる。そして、乙は、前方及び右方向に自動車等が存在しないことを確認するにとどまり、上記のように後方の安全を十分に確認することなく。右折していることから、結果回避義務違反も認められるとも考えられる。しかし、被害者ないし第三者が適切な行動をとることを信頼するのが、社会的にみて不相当とはいえない場合にまで、行為者に結果回避義務を課すことは妥当でない。この理は、本問のように、行為者に法規違反が認められる場合についても同様に妥当する。したがって、このような場合には行為者は結果回避義務を負わないと解する。このような行為者の信頼を保護する要件としては、①他の者が適切な行動をすることに対する現実の信頼が存在すること、②信頼が社会生活上相当なものであることを要求すべきである。
3 本件では、①Cはセンターラインの右側にはみ出してまで、時速70キロメートルで乙を右側から追い抜こうとしているが、車両の運転者は、互いに他の運転者が交通法規に従って適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきものである。そして、本問のように、右折の合図を出している原動機付自転車があり、これを追い越そうとする場合には、左側を走行し、又は右折を待ってから進行する等の措置を講ずることについての現実の信頼が存在する。そして、②乙は、センターラインより若干左側において、右折の合図 を出した状態で、速度を落としているのであるから、Cのように、あえて交通法規に違反して、高速度で、自車を追い越そうとする車両があり得ることまでも予想して、事故の発生を未然に防止すべきであるとはいえない。したがって、上記のように信頼することは、社会生活上相当なものであるといえる。
3 以上より、乙は結果回避義務を負わないから、乙には過失が認められず、乙には、過失運転致死罪は成立しない。
以上

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