安倍さんの国会追悼演説は誰がやるのか
国会での安倍さんの追悼演説は誰がやるのか。国会議員たちは揉めに揉めています。これが日本の姿です。
自民党が8月の臨時国会で実施する予定だった安倍晋三元首相の追悼演説を先送りする検討に入ったのは、甘利明前幹事長(麻生派)が演説を行うことに対して与野党の反発が強まったためです。これを強行するとものすごいことになってしまうので、日本政治の伝家の宝刀、先送りで当座をしのいでおります。
反発しているのは、特に銃撃事件で会長の安倍氏を失った自民党安倍派(清和会、97人)だそうです。
これは、甘利氏の7月20日のメールマガジンがきっかけのようです。この中で甘利氏は安倍派について「『当面』というより『当分』集団指導制をとらざるを得ない。誰一人、現状では全体を仕切るだけの力もカリスマ性もない」と揶揄したわけです。
これは怒られるやつです。安倍派最高顧問の衛藤征士郎元衆院副議長は7月21日の同派会合で「こんなに侮辱されたことはない」と激しく反発しました。同時に派内では「甘利氏こそカリスマ性がない」「お前が言うな」などと批判する声が相次いだといいます。
そして、自民党は甘利氏の演説を検討したのは「安倍氏の遺族の意向を踏まえた」ためだとしているものの、同派から「なぜ安倍氏が残した派閥をばかにする甘利氏に演説させるのか」「国民の気持ちは甘利氏ではない」などの声が挙がりました。そして、反発は安倍派のみならず党内の他派閥にも広がり、党執行部には「いつ甘利氏に決めたのか」など、再考を求める意見が寄せられているわけです。みんながどう思うかということを極力気にする日本の風土から、こうなってはもう甘利氏が終わったものといえ、党内では、甘利氏に代わって第2次安倍政権で安倍氏を官房長官として支え続けた菅義偉前首相や岸田文雄首相による演説を求める声が主流になっています。
そういう意味では、安倍ちゃんといえばいつも官房長官だった、令和おじさんすがちゃんが一番ふさわしいような気がします。
しかしながら、そもそも、2012年の自民党政権奪還以降、「一強多弱」といった状況を作り上げた安倍元首相は、野党にとってはこえられないライバルであった。民主主義においては、健全なライバルがいてこそ成り立つものである。そうした意味では、安倍氏の国会における追悼演説には、野党のライバルのほうが良いのではないかという意見には一聴の価値があります。
もちろん、首相経験者から選ぶというのでもよいが、自党の宣伝や、個人の神格化につながるような追悼演説では、国民もしらけてしまいますね。どういった人を追悼演説に選ぶかというのも日本の民主主義の品格や格式を示すものとなるでしょう。
ということで、本命菅前首相、対抗元首相の野田さん、ということで、ここでの結論とします。
以上