刑事訴訟法第6問

問題 2022年7月30日(土)

警察官Aは、覚せい剤の密売人と目される甲を覚せい剤譲渡の被疑者として通常逮捕し、その際、甲が持っていた携帯電話を、そのメモリーの内容を確認することなく差押えた。その上で、Aが無令状で、甲の携帯電話を操作して、そのメモリーの内容を精査したところ、同携帯電話のメモリー内に覚せい剤の仕入先と思われる人物からの受信電子メールが保存されており、同メールに、翌日の某所における覚せい剤売買の約束と思われる記載があった。
そこで、Aが、同メールに記載された日時に待ち合わせ場所に赴いたところ、乙が近づいてきたので、Aは、乙に対して、甲を名のった上で「約束の物は持ってきてくれましたか。」と言った。すると、乙は、Aを甲と誤認して、覚せい剤を差し出したので、Aは、乙を覚せい剤所持の容疑で現行犯逮捕した。以上のAの行為は、適法か。
(旧司法試験平成17年度第1問)

解答

第1 携帯電話の差押え行為の適法性
1 警察官Aは甲の逮捕後(199条1項)無令状で携帯電話を差押えている。これは、逮捕に伴う差押え(220条1項2号、同条3項)を根拠とするものと思われる。そして、本問では、通常逮捕直後に場所を移動することなく、捜索差押えを行っていることから、「逮捕する場合」、「逮捕の現場」という要件は満たす。また、当該携帯電話には、被疑事実に関連する証拠が存在する可能性があるから「必要」性の要件も満たす。
2 もっとも、携帯電話について被疑事実との関連性を確認することなく差押えている点の適法性には問題がある。逮捕に伴って無令状で捜索差押えが許容されるのは、逮捕時の逮捕者の安全確保や証拠破壊の防止等に加え、逮捕の現場には証拠存在の蓋然性が認められるから、証拠確保のために、令状主義の合理的な例外として認められるためである。よって、差押えの対象となるのは、被疑事実との関連性が認められる物件に限られる(222条1項本文(以下、同条項は省略。)99条1項参照)。したがって、被疑事実との関連性を確認することなく差押えを行うことはできないのが原則である。
3 しかし、電子機器の場合、直接的な可視性可読性がなく内容確認が困難な上、簡易な操作や物理的衝撃で容易に罪証隠滅が可能であるという特殊性を考慮する必要がある。よって、当該電子機器の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められ、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは情報を損壊される危険がある場合には、ひとまず当該電子機器全体に被疑事実関連性を認め、内容を確認することなく差押えることも許されると解する。本問についてこれをみるに、甲は覚せい剤の密売人として疑われ、甲の携帯電話には顧客や仕入先の電話番号が登録されている蓋然性が高い。また、携帯電話のメモリーを現場で確認していたのでは、咄嗟に当該携帯電話を奪われ、破棄されるなどの証拠隠滅行為が行われる危険性も否定できない。したがって、上記差押えは、被疑事実との関連性を具体的に確認することなくなされていても関連性あるものとして適法である。
4 以上より、携帯電話の差押え行為は適法である。
第2 携帯電話のメモリーの内容を精査した行為の適法性
1 この行為の客観的性質をみれば、当該物について、強制的に内容を五官の作用によって感知する処分である。よって、「検証」に当たるとして、別途検証令状(218条1項)が必要であり、令状なくしてかかる行為を行ったことは違法であるとも思える。しかし、上記のように被疑事実との関連性を確認することなく差押えを行った場合には、速やかにこれを確認し、認められない場合には、速やかに還付するという手続をとるべきである(123条1項)。そこで、差押えの目的を達するために合理的に必要な範囲においては、押収物についての「必要な処分」(111条2項)として上記行為をなし得ると解する。携帯電話のメモリーを精査する行為は、電磁的記録の現状を保存するために必要であるし、新たな法益侵害を伴うものでもないから、押収の目的を達するために合理的に必要な範囲にとどまっているといえ、「必要な処分」として行うことができ適法である。
2 以上より、携帯電話のメモリーの内容を精査した行為は適法である。
第3 乙を逮捕した行為の適法性
1 乙は、Aを甲と話し、覚せい剤を差し出したところ、覚せい剤所持罪の容疑で現行犯逮捕されている。乙は「現に罪を行った者」(212条1項)といえるから、現行犯逮捕の要件は満たしている。しかし、Aは「約束の物は持ってきてくれましたか。」と告げて乙を誤信させ、覚せい剤を譲渡させている。この捜査手法は、国家が犯罪を創出したとの側面を有し、いわゆるおとり捜査に当たるといえる。仮に、このようなおとり捜査が違法であれば、それに引き続く現行犯逮捕の適法性に影響が生じうる。そこで、このような捜査手法は違法とならないか、検討する。
2 まず、おとり捜査が「強制の処分」(197条1項ただし書)に該当し、明文規定なくして行うことができないのではないかが問題となるも、否定すべきである。「強制の処分」とは、個人の意思を制圧」し、身体、住居、財産等に制約を加える行為を指すと解されるところ、おとり捜査は詐術的であるものの犯人が自分自身の意思で行動しており、少なくとも意思の制圧は認められないからである。
3 もっとも、おとり捜査は、強制の処分ではないとはいえ、当該犯罪の法益侵害発生の危険性を惹起する危険性の高い任意捜査であるから、必要性、緊急性などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる範囲内でのみ許容されるにすぎないと解する(197条1項本文)。なお、判例には、①対象が直接の被害者がいない薬物犯罪等であること、②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難であること、③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行うことという要件の下におとり捜査を許容したものがあるが、あくまでも事例判断であり、充足性が不明な本件ではこの基準を用いるべきではない。本間では、捜査の対象となる犯罪が薬物犯罪であるところ、これは社会の秩序を乱すものであるにもかかわらず、密行性があるため検挙が難しい。また、乙が覚せい剤の仕入先と思われることからすれば、組織や売人の情報を得られる可能性が高い。よって、本問では、特におとり捜査の必要性は高いと考えられる。そして、甲の約束した覚せい剤売買について、今おとり捜査をして乙を検挙しなければ、別の機会によらざるを得なくなってしまうので、おとり捜査を行う緊急性も認められるといえる。一方で、本問では、甲が予定していた取引の機会を利用したにすぎない点で、機会を提供したにすぎないといえ、上記のような必要性緊急性などを考慮すると、具体的状況の下で相当であると考える。したがって、本問におけるおとり捜査は適法である。
4 以上より、乙を逮捕した行為は適法である。
以上

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