民法第10問

2022年8月21日(日)

解説

問題

以下の事例を読んで、下記の問いに答えなさい。
A男とB女は夫婦であり、両者の間には1人息子Cがいた。Aは、2024年8月から病院に入院していたが、その間、BとCは、Aの所有する甲不動産(土地・建物)で暮らしていた。Aは、甲不動産のほかに乙不動産(土地・建物)も所有していたとこ ろ、乙不動産の方は、2020年4月から2025年3月までは、Dに月20万円の家賃で賃貸していたが、2025年3月にDとの賃貸借契約が終了した後は、空き家のままになっていた。
2026年11月10日、Bは、Aから預かっていた実印等を用い、Aの承諾を得ないまま、Aの代理人と称して乙不動産をEに売却する契約を締結した。乙不動産の移転登記と引渡しは、同年12月20日に、代金支払と引換えに行われることとされた。このようにAに断らずにその財産を処分することについては、Bには後ろめたい気持ちもあった。しかし、Aが入院した後、Aの収入が途絶えただけでなく、Aの看護のためにBも仕事を辞めてしまったので、家計収入が激減した。さらに、2025年4月、Bは、乙不動産の家賃収入も得られなくなったことに加え、医療費等の出費はかさみ、また当時私立医大に在学中であったCの学費も相当額に及んだため、生活に窮するような状態に陥っていた。そのような中で、BはEから、乙不動産を売却してくれないかとの話を持ちかけられ、その価格等の条件も満足のいくもののように思えたので、当該売買を行うことにしたものであった。もっとも、その当時、Aは大手術を受けた直後であったので、Aに余計な心配をかけるのはよくないと思い、結局、Aの承諾を得ないままであったが、Bは、いずれAの病状が落ち着いたら、Aにこのことを説明して事後的な了承を得ればよいと考え、できれば、履行期である12月20日までには、Aの了承を得たいと考えていた。
(1)ところが、Bは、Aにて不動産の売買のことを説明する間もないまま、インフルザにかかって2026年12月5日に死亡し、AとCの2人がBを相続した。この場合におけるA・C・Eの法律関係につき論じなさい。
(2) (1)の事態の後、さらに2026年12月18日には、AがBによる乙不動産売却の事実を知らないまま、入院していた病院で死亡し、CがAを相続した。この場合におけるCE間の法律関係につき論じなさい。
(3)上記と異なり、Aが2026年12月5日に死亡してBとCがAを相続した後、さらにBが同年12月18日に死亡し、これをCが相続した。この場合、法律関係につき小問(2)の場合との違いは生ずるか、説明しなさい。
(慶應義塾大学法科大学院平成20年度改題)

解答

第1 小問(1)
1 AE間の法律関係
(1)Eは、乙不動産の売買契約(以下「本件売買契約」という。)に基づいて、移転登記手続請求と引渡請求をすると考えられる。
もっとも、Bは、AからZ不動産の売買に関する代理権を受けることなく生に対して乙不動産を売却しているので、Bの行為は無権代理(113条1項)であって、Aに効果帰属しないのが原則である。これに対して、EはAに効果帰属をさせるべく(2)(3)の構成による主張を することが考えられる。
(2)有権代理の主張
ア 日常家事代理(761条本文)の主張
761条は、日常家事債務の処理の便での観点から、夫婦相互間に日常家事に関する代理権を与えたものであると解される。そして、「日常の家事」とは、夫婦が共同生活を営む上において通常必要な法律行為をいうところ、当該「日常の家事」の範囲に含まれるか否かは、夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである。
本問では、本件売買契約が「日常の家事」の範囲に属するといった事はなく、かかる主張は認められない。
イ 追認(116条本文)の主張
本人Aが無権代理人であるBを相続していることから、本人と無権代理人の地位が融合し、本人は追認を拒絶することができないとも思える。しかし、相続という偶然の事情により、本人の追認拒絶権を奪うことになり妥当ではないから、本人と無権代理人の地位は、併存すると解すべきである。 したがって、Aは本人の立場をもって本件売買契約の追認を拒絶することができる。
(3)表見代理(110系)の主張
ア の基本代理権(「その権限」)の存在
日常家事代理権を基本とすることが考えられるところ、こ のような法定代理権も基本代理権に含まれる。条文上限定がないし、相手方の保護の必要性もあるからである。
イ 越権行為(「その権限外の行為」)の存在
本件売買契約の締結は「日常の家事」の範囲にはなく、越権行為 である。
ウ 「正当な理由』
かかる要件は、代理権の存在を信じるについて過失がないことであるとされる。しかし、本件では、夫婦別産制(762条)の趣旨を害さないよう配慮する必要がある。そこで、110条の趣旨を類 推し、当該行為が当該夫婦の日常家事の範囲内に属すると信じるにつき「正当な理由」があることが必要であると解する。
本件では、確かにABは乙不動産を賃貸するなど、不動産業を営んでいたという事情はあるが、Eが乙不動産の売却行為を日常家事の範囲内であると信じるにつき正当な理由があったとまでは断じ難い。
よって、かかる主張は認められない。
(4)Aに対する効果帰属を主張できない場合には、Aに対して、BAが相続した日に成立する無権代理人の責任(117条11)を追及することが考えられる。そこで、EがBの代理権の存在について、善意・ 無過失であるか検討する必要がある(同条2項1号、2号本文)。
まず、BはAの実話等を用いているが、ABは夫婦であるから、こ の点は決定的な事情とはならない。
しかし、本件では諸事情からAB夫婦の生活が困窮しており、Eから持ち掛けられた条件が悪いものではないことからすると、Bが自宅である甲不動産ではなく、1年半以上空き家であるこ不動産を売却するというのは無理からぬ部分がある。また、仮にBが事後的にAの了承を得るつもりであったことを生が知っていれば、代理権が授与されていたものと信じるのもやむを得ない。 したがって、Eは善意・無過失であったものと評価し得る。 以上から、EはAに対して無権代理人の責任を追及することができ る。ただし、履行請求は認められない。本人に追認拒絶を認めた趣旨を没却するからである。
(5)CE間の法律関係
CもAとともに無権代理人Bの地位を共同相続しているため、無権代理人の責任を負うことになる。
第2 小間(2)
Eは小問(1)と同様に、不動産の移転登記手続請求と引渡請求をすると考えられる。
Cは、まず無権代理人の地位を相続した後に、本人の地位を相続している。この場合、相続人が無権代理人と本人の地位を順次相続していることに着目し、したがって、無権代理人が本人の地位を相続した事例と同様の処理を行えばよいと考える。
2 では、無権代理人が本人の地位を相続した事例は、どのように処理されるのか。 確かに、前述のように、無権代理人の地位と本人の地位は並存する。しかし、無権代理人は禁反言の法理(1条2)から、追認を拒絶できないものと解すべきである。
よって、Eの上記請求は認められる(116条本文)。
第3 小問(3)
本問では、Cは、まず本人の地位を相続した後に、無権代理人の地 位を相談している。この場合も、小間2)と同様に、本人が無権代理人の 地位を相続した事例と同様の理を行うべきである。
そして、このような事例では、追認を拒絶することが信義則に反するような状況は生じない。
よって、Cは追認を拒絶できることになる。
2 以上から、小問(1)で検討した結果も踏まえると、Cは無権代理人の責任として、損害賠償責任を負うのみである。
以上

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