刑事訴訟法第10問

2022年8月27日(土)

問題解説

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問題

甲は、器物損壊罪の現行犯人として警察官に逮捕された。器物損壊罪の被害者が告訴しない意向が固いため、同罪では勾留請求をしないことにしたが、甲に殺人の余罪が判明した。
検察官は、この殺人罪を被疑事実として勾留請求できるか。被害者の告訴が得られ、器物損壊罪と併せて勾留請求する場合はどうか。
なお、現行犯逮捕は適法であることを前提としなさい。また、器物損壊と殺人は別の機会に犯されていたこととする。

解答

第1 設問前段について
1 本問では、殺人罪での逮捕がないまま殺人罪で勾留請求が行われている。これは逮捕前置主義に反しないか。
2 同原則につき、法は直接の明文規定を置いていない。しかし、捜査の初期段階における身柄拘東の必要性が流動的であることに鑑み、比較的短期の身柄拘束である逮捕を勾留に先行させ、再び裁判官の判断を経て勾留させることを可能とし、もって、不必要な身柄拘束を回避すべきである。
また、207条1項が「前3条の規定による勾留の請求」と定めており、204条から206条が被疑者が逮捕されている場合の規定であることからすれば、法は同原則を採用しているものと解するのが素直でもある。 3(1) そうすると、殺人罪での逮捕が前置されていない以上、本小間の勾留請求は違法であって、却下されるべきであるということになる。もっとも、殺人罪での逮捕は前置されていないものの、器物損壊罪 での逮捕は前置されている。仮に、逮捕の前置の有無を、人を基準に判断すべきであると解すれば、この点を捉えて、逮捕が前置されていると解することもできそうである。特に、器物損壊罪で逮捕中の被疑者について、殺人罪でも改 めて建捕手続から始めることを要求するのは、無用な負担を課すものである上、殺人罪で直ちに勾留した方が、逮捕の留置期間だけ身柄拘束の期間が短縮されて被疑者の利益になるとすれば、上記の逮捕前置主義の趣旨に合致しよう。 (2) しかし、上記逮捕前置主義の趣旨に鑑み、逮捕を前置すれば、逮捕後に犯罪の嫌疑や身柄拘束の必要性が消滅し早期に釈放される可能性があるのだから、被疑者にとり必ずしも不利益にならない。逆に、直ちに殺人罪で勾留できるとすると、早期の釈放という途を閉ざす結果となりかねず、実質的にみて被疑者の利益にはならない。そもそも、かかる見解は、逮捕・勾留に関する規定につき、「犯罪事実」「被疑事実」「公訴事実」等の文言を用いている(199条、200条、210条、601条、612条、64条等)法の構造と整合しない。したがって、逮捕が前置されているか否かは、人ではなく、事件を基準として判断すべきである。 そして、事件とは、二重の司法的が及んでいると評価できる限度での、事実の共通性が認められる範囲をいうと解する。 本問では、器物損壊罪と殺人罪には、事実の共通性が認められない。したがって、逮捕前置主義に反し、勾留請求は違法である。
第2 設問後段について
1 前段で論じたとおり、殺人罪での逮捕が前置されていない以上、勾留請求は、逮捕前置主義に反し、違法であるのが原則である。
2(1) しかし、被疑者は、器物損壊罪について勾留の理由(207条2項、60条)・必要性(207条、187条)が認められる限り、身柄拘束を受けることは避け難い。殺人罪について逮捕を先行させ、それから勾留請求に及ぶべきであるとすると、かえって長期の身柄拘束を強いられることになる。また、殺人罪の逮捕による短期の身柄拘束期間内に、殺人罪での嫌疑が消滅した場合であっても、器物壊罪について身柄拘束を受けているから早期に釈放される可能性もない。したがって、この場合は、逮捕前置主義を一部修正し、これを許容 すべきであると解する。すなわち、勾留事実の一部である器物損壊罪での逮捕が前置されていることをもって、逮捕前置主義の要請は満たされていると解する。
(2) ただし、その際には、器物損壊罪についての勾留の理由及び必要性が認められ、かつ、殺人罪についての勾留の理由及び必要性が認められなければならない。
以上

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