民法第11問

2022年8月28日(日)

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問題

Aは、Bに2000万円の金銭を貸し付け、その担保としてBの父親Cが所有する甲不動産(時価2500万円)に第1順位の抵当権の設定を受け、その旨の登記をした。Bは支払期限までにその債務を弁済せずに行方をくらませた。
そこで、Cは、この抵当権の実行を避けるため、Aに対して複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに、残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出たので、Aはその言を信じてBに対して上記貸金債権について特に時効の完成猶予及び更新の手続をとらないまま、支払期限から10年が経過した。他方、その間に、Cに対してDが1000万円、Eが1500万円の金銭を貸し付け、その担保として、甲不動産につきDが第2順位、Eが第3順位の抵当権の設定を受け、いずれもその旨の登記を了した。
以上の事実関係の下で(Cが無資力である場合も想定すること)、Aが甲不動産に対して有する第1順位の抵当権設定登記の抹消を請求するため、Eはいかなる主張をし、他方、Aはこれに対していかなる反論をすることが考えられるかを指摘し、それぞれについて考察を加えよ。
(旧司法試験 平成16年度 第2問改題)

解答

第1 Cが無資力でない場合
1 Eは、AのBに対する貸金債権について消滅時効が完成しており、これを援用すると主張すると考えられる(166条1項、145条)。これにより、抵当権の付従性から、抵当権も時効消滅する(396条)ため、Eの有する抵当権の順位が上昇する。これに対し、Aはまず、①物上保証人たるCが主債務を弁済し、また、残債務についても弁済する旨約したことが「承認」(152条1項)に当たり、時効が更新するから消滅時効は完成していない、さらに、②後順位抵当権者たるEは時効の援用権者(145条)に当たらない、と反論すると考えられる。
以下、これらの主張・反論の当否を検討する。
2 反論①について
(1) Eは消滅時効の完成を主張するが、Aは更新事由が存在すると反論している。そこで、物上保証人が主債務を弁済したり、その存在を認めたりしたことが「承認」(152条1項)に当たるかが問題となる。
(2) この点について、自ら創務を負っていることが「承認」の前提である。そうだとすれば、物上保証人は自ら債務を負うものではなく、物上保証人が主債務を認めたとしても、「承認」には当たらないと解すべきである。
(3) よって、本問ではAのBに対する貸金債権の消滅時効は完成している。Aの反論①は認められない。
3 反論②について
(1) 順位抵当権者Eは、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できるか、後順位抵当権者が「当事者」すなわち、「権利の消滅について正当な利益を有する者」(145条かっこ書)に当たるかが問題となる。
(2) 確かに、後舞位抵当権者は先順位抵当権者の被担保債権が消滅すれば、順位上昇による配当の増加を期待し得るが、その期待は順位上昇による反射的利益にすぎない。
また、実質的にみても、本問のように自己より順位が上である抵当権者(D)が存在する場合、この者との関係でもAの一番抵当権が消滅するものと考えざるを得ない(そう考えないと、二番抵当権が2つ存在することになり、物権の排他性に抵触する。)が、これは時効援用の相対的に反する。
したがって、後順位抵当権者は「権利の消滅について正当な利益を有する者」には含まれない。
(3) よって、Eは、Aの一番抵当権の被担保権の消滅時効を援用することはできない。Aの反論は認められる。
4 以上より、Eの主張は認められない。
第2 Cが無資力の場合
1 EのCに対する貸金債権を保全するため、Cが有する時効援用権を代位行使する(423条1項)と主張する。物上保証人たるCは、「当事者」に含まれる(145条かっこ書)から、時効の援用権を有する。これに対し、Aは、①時効援用権は「債務者の一身に専属する権利」(一身専属権、同条1項ただし書)に当たり、代位行使の対象とならない、②代位行使を肯定するとしても、本件ではC自身が時効援用権を信義則上行使できない場合に当たる(1条2項)と反論する。
以下、これらの主張及び反論の可否を検討する。
2 反論①について
(1) EはCの時効援用権を代位行使できるか。時効援用権が一身専属権に当たるかが問題となる。
確かに、時効援用制度は、時効期間が経過した場合に当に権利消滅(又は権利取得)の効果が生じるとするのではなく、援用権者の意思にかからしめることによって、その意思を尊重しようとする点にある。このような援用制度の上記趣旨からすれば、時効の援用は、債務者の自由意思に委ねられる性質のものであるから、代位の対象とはならないとも思える。
しかし、時効の援用権は、当事者の財産的利益にのみ関し、純粋な 債務者の身分ないし人格そのものと結合するものではなく、債務者の援用権不行使が債権者を害する場合にまで、値務者の自由意思を尊重する必要はない。
そこで、このような場合には、債権者の債権保全の必要性を優先し、これに必要な限度で時効援用権の代位行使を認めるべきであると解する。その限度で時効援用権は一身専属性を失うことになる。
(2) 本問では、本件甲不動産の時価は2500万円であり、Aの抵当権が消滅すれば、後期位抵当権者であるEも債権の満足を得ることができ、債権保全の必要性は認められる。 したがって、423条の他の要件を満たせば、EはCの時効援用権を代位行使し得る。反論②は認められない。
3 反論②について
確かに、本件でAが時効更新の措置を採らずに消滅時効が完成したのは、Cが複数回に分けて800万円をBに代わって弁済し、残りの債務も弁済する旨をAに対して申し出ていたためである。そうすると、弁済を約束していたのが時効を援用することは信義則に反するとも考えられる。しかし、抵当権設定者としては、抵当権の実行を避けるために 最大限の努力をすることが自然であるから、Cのそのような行動が直ちに信義則に反するとまでは評価できない。
一方で、Aは、債権者として、漫然と弁済を待つのではなく、時効完成所予又は更新の措置を採るべきであったし、その措置を採ることは容易であった。
したがって、Cが当初から消滅時効の完成を狙って、弁済する気もないのに弁済の約束をして、更にAを歌唱したという特段の事情が存する場合を除き、Cが時効を援用することは信義則違反に当たらないと解する。 よって、この点でもEの代位行使はげられない。反論②も認められない。
4 以上より、Eの主張は認められる。
以上

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