憲法第11問
2022年8月31日(水)
問題解説
解説音声
問題
Yは私立大学であるが、その学生Xは、Yの再三の指導にも拘らず学外政治団体と連携して政治的なビラを学内において繰り返し配布した。Yは、この行為が学内におけるポスターの掲示およびビラの配布を許可制としたYの学則に違反し、また、学生の思想 の穏健中立を標榜するYの建学の精神に反するものであるとして、Xを退学処分とした。これに対してXは、処分が違法であると主張して出訴した。
上記の事例に含まれる憲法上の論点について検討しなさい。なお、処分にいたる手続には瑕疵がないものとする。
(慶應義塾大学法科大学院平成17年度改題)
解答
1 本問において、Xは許可なく政治的なビラを学内において配布したことから、退学処分となっている(以下「本件処分」という。)。本件処分は、Xの政治活動の自由を侵害し、違憲・違法ではないか。
2 まず、そもそも、Y大学内における処分が、司法審査の対象となるかが問題となるも、肯定すべきである。
すなわち、自律的な法規範を有する特殊な部分社会において、内部紛争は司法審査の対象にならないとされるが、それでも、国民の権利保護の観点から一般市民法秩序と接点がある問題については司法審査の対象となる。そして、本件処分のような退学処分は、学生が一般市民として有する公共的施設を利用する権利を侵害するものであるから、一般市民法秩序と接点があると解され、裁判所の司法審査の対象となるためである。
3(1)改めて、本件処分の違憲性・違法性について検討する。
まず政治活動の自由は、自己の政治的意見を対外的に表明するものであるから、表現の自由(21条1項)の一環として保障される。
(2)そうだとしても、本問においてXの政治活動の自由を制約しているYは、私人たる私立大学である。そこで、憲法の規定が私人間にも適用されるのかが問題となる。
この点について、私的自治の保護の観点から、憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用は認められない。もっとも、憲法が定める人権規定は全法秩序の最高の価値秩序であるから、私法規定(民法1条、90条、709条等)の適用に当たって十分審査されなければならないと解する。
(3)本問では、本件処分が公序良俗に反するもの(民法90条)として、違憲・違法といえないかが問題となる
4(1)まず、Y大学の学則の違憲性・違法性について検討する。
ア 大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり、法律に格別の規定がない場合でも、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し、これによって在学する学生を規律する包括的権能を有する。
特に、私立大学は、理学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と 教育方針とによって社会的存在意義が認められ、学生もそのような伝統ないし校風と教育方針の下で教育を受けることを希望して当該 大学に入学するものと考えられるのであるから、上記の伝統ないし学校教育方針を学則等において具体化し、これを実践することが当然認められるべきである。
確かに、大学の上記包括的権能は無制限ではなく、在学関係設定の目的と関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものではあるが、かかる判断 は画一的にはなされ得ず、各学校の伝統ないし校や教育方針等を考慮して、個別具体的に判断すべきである。
イ 大学が学生の思想の健中立を標榜する私立学校であることをも勘案すれば、学内におけるポスターの掲示及びビラの配布を許可制にした学期の規定は、仮に政治的活動の規制を目的とする場合で あっても、社会通念に照らし不合理なものであると断定することはできない。
ウ したがって、学則そのものが公序良俗に反するものということはできない。
(2)次に、本件処分自体の違憲性・違法性について検討する。
ア 大学の学生に対する懲戒処分は、教育及び研究の施設としての大学の内部規律を維持し、教育目的を達成するために認められる自律作用であって、懲戒権者たる学長が学生の行為に対して懲戒処分を発動するに当たっては、当該行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、当該行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす成的効果、当該行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通暁し直接教育の衝に当たるものの合理的な裁量に任 すのでなければ、適切な結果を期し難い。
確かに、本件処分のような退学処分という学生の身分を剥奪する重大な処分であれば、処分に際し慎重な配慮が求められる。
しかし、退学処分の選択も結局のところ上記のような諸般の要素を勘案してなされる教育的判断にほかならない。
したがって、当該事案の諸事情を総合的に観察して、その退学処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものでないかぎり、かかる処分は、裁量権の範囲内にあると解すべきである。
イ 確かに、本問における政治的表現の自由は自己実現の価値はもちろんのこと自己統治の価値を支える重要な権利である。しかし、Xは、学則に反して無許可でビラを配布している。 しかも、上記のように、大学は学生の思想の穏健中立を標榜しているのであるから、学内において政治的活動を行うことは、Y大学のそのような建学の精神に真っ向から反するものであって、原則として許されないと解すべきである。つまり、本件処分は、Xが政的行為を行ったことを理由としてなされたものではなく、Xが学則に反したことを理由とするものであって、政治的自由に対する制約の問題であるとみるべきではない。
また、Xは再三の指導にもかかわらず、学外政治団体と連携しビラを配布しており、その活動の態様も悪質である。
ウ したがって、本件処分が退学処分であることを考慮しても、退学処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものではなく、Y大学長の裁量権の範囲内にあると考えるべきである。
5 以上より、Y大学の本件処分は、合意・適法である。
以上