刑法第17問
2022年10月12日(水)
問題解説
問題
甲は、乙と口論中、乙が興奮して手を振り上げたのを自分になぐりかかってくるものと誤信し、その難を避けようとして、たまたま所持していた日本刀で乙を切りつけたところ、乙は出血多量のため、即死した。甲の罪責を論ぜよ。
(旧司法試験昭和45年度 第1問)
解答
第1 構成要件該当性
甲が、日本刀で乙を切りつけ、即死させた行為は、「人を殺した」も のとして、殺人罪(199条)の構成要件に該当する。また、殺傷能力の高い日本刀を用いていることからすれば、殺意(38条1項)を肯定することができる。
第2 違法性
甲は、乙が殴りかかってくるものと思って上記行為に及んでいるものの、そのような事実はないため、「急迫不正の侵害」(36条1項)は 認められない。そのため、正当防衛は成立しない。 また、他に違法性阻却事由はない。
したがって、違法性も認められる。
第3 責任
1 もっとも、甲は、乙が殴りかかってくるものと誤信している。このように、行為者が、違法性宿却事由がないのにあると考えている場合、「罪を犯す意思」(38条1項)があるといえるか。 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機が形成されるの に、あえて犯行に及んだ点に求められる。
したがって、自己の犯罪事実を認識・認容した場合、故意責任を問うことができると解する。
ここで、違法性阻却事由がないのにあると認識した場合、違法性の意識を喚起することはできない。 したがって、違法性阻却事由に錯誤ある場合、犯罪事実を認識・認容しているとはいえず、故意は阻却される。
2 そこで、甲の認識を基準として正当防衛の成否を検討する。
本問では、乙が殴りかかってくるものと誤信し、その難を避けようとして上記行為に及んでいるから、「急迫不正の侵害に対して、自己…の権利を防衛する」認議はある。
もっとも、「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段の相当性をいうところ、乙が素手で攻撃を加えようとしているのに対して、甲は、日本刀を用いているから、防衛手段の相当性を欠いており、「やむを得ずにした行為」であるとの認識がない。
したがって、甲の認識を基準とすると、過剰防衛が成立するにとどまるから、正当防衛の事実を認識しているとはいえず、違法性阻却事由の錯誤として、故意を阻却しない。
他に責任知却事由も認められないから、甲に殺人罪が成立する。
第4 誤想過剰防衛の処理
ただし、上記のように、甲には、過朝防衛の認識があるから、いわゆる誤想過剰防衛の問題となる。
過剰防衛については、急迫不正の侵害を認識している以上、行きすぎがあっても非難できない面があることからすれば、退剰防衛による刑の任意的減免の根形は、たとえ過剰なものであっても行為者を非難し得ないとの責任減少に求めることができる。
過剰性の認識がある場合も、同様に責任減少が認められる以上、過剰防衛の規定(36条20)を準用するべきである。とはいえ、免除の規定を準用することは許されない。過剰性に認識がない場合も、過失犯が成立し、刑が科される可能性がある一方で、故意犯が成立するのに刑が全部免除されるというのは結論として不均衡だからである。
以上