憲法第20問

2022年10月31日(月)

問題解説

問題

A市が、不動産に関する虚偽ないし誇大な広告による被害から住民の生活を守ることを目的として、A市内で不動産に関する広告をなすに当たって事前にA市長に対して届け出る義務を課し、明らかに虚偽ないし著しく誇大であると認められる場合にはその広告を禁止し又は是正を求めることができる旨定め、これらの違反に対して罰則を設ける条例を制定したと仮定する。この条例による届出義務違反で訴追された不動産業者は、自分が行った広告は憲法上保障されている類のもので、届出義務を課されるべき筋合いのものではなく、また、本条例は住民の「知る権利」を侵害するものであると論じて、本条例の違憲性を主張した。 裁判所としてはどのような判断をなすべきかについて論ぜよ。
(旧司法試験 昭和57年度 第1問)

解答

第1 不動産業者の広告の自由について
1 本条例は、不動産に関する広告に当たって、届出義務を課し、また事後的に広告の禁止又は是正を求めることができるとし、不動産業者の広告の自由を制約している。 もっとも、広告の自由は、どのような憲法上の保障を受けるのか。 確かに、広告の自由は、業者の経済的活動の一環であるから、営業の自由(22条1項)としての側面を有する。しかし、広告であるとして も、住民に対する情報提供として、その知る権利に資することに変わりはない。そのため、広告のような営利的表現であっても、ひとまず表現の自由の保障範囲に含まれると解すべきである(21条1項)。
2 では、上記制約は、「公共の福祉」(12条、13条)によるものとして正当化されるのか。
(1) まず、本条例は、不動産に関する広告の内容について、事前にA市長に届け出る義務を課した上で、不適当なものについては、その広告を禁止し又は是正を求めることができるとする。これは、表現内容に着目した規制であるから、内容規制であるといえる。内容規制は公権力によって、特定の表現が恣意的に規制される可能性があり、また濫用にわたる可能性が高く、厳格に審査しなければならないのが原則である。
しかし、広告のような営利的言論の真実性は、政治的表現と違って客観的判定になじみやすいので公権力による恣意的な規制のおそれや濫用のおそれは小さい。
また、営利的言論は、発信主体の人格形成に資するものではなく、自己実現の価値が妥当しない。また、当該表現をもって政治的意思決定に参加するものではなく、自己統治の価値も妥当しない。
そうだとすれば、厳格な審査までは妥当せず、厳格な合理性の基準によって判断すべきであると考える。具体的には、目的が重要であっ て、手段が目的達成との関係で実質的関連性を有することが必要である。
(2)ア まず、不動産に関する虚偽ないし誇大な広告による被害から住民の生活を守るという目的は、必ずしも住民全てが不動産取引について詳しいわけではなく、不動産業者と住民では情報格差が存在することを考慮すれば、重要なものといえるだろう。
イ 次に、事前の届出義務を課した上で、広告の禁止又は是正を求め、違反者に対して罰則を科すことは、過剰規制のようにも思える。
しかし、「明らかに虚偽ないし著しく誇大であると認められる場合」に広告を禁止し又は是正を求めるというものであり、広告の自由に配慮しているといえ、その制約の程度は大きくない。一方で、不動産取引は一般的に高額な取引になることから、虚偽広告・誇大広告から住民を保護する必要性も高い。
これらのことからすれば、手段も目的達成との関係で実質的関連性を有すると解すべきである。
3 したがって、不動産業者の広告の自由との関係では、21条1項に反せず、合憲と解してよい。
第2 住民の知る権利について
1 本条例によって、広告が禁止され、又は是正することができるとすると、住民は不動産業者がなした広告の全部又は一部を知ることができなくなる。
そこで、住民の知る権利(自由)に対する不当な侵害であるとして違憲なのではないかが問題となる。
2 まず、情報受領の自由は、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことができないものであるから、表現の自由を保障する21条1項によって保障されていると解すべきである。
ただし、不動産業者が、他者である住民の知る権利を援用して、本条例の違憲性を主張することができるかは別問題である。
この点については、不動産業者と住民は、表現の自由の送り手と受け手という関係にあり、不可分一体の関係にあるとして、肯定的に解すべ きである。
3 しかしながら、上記情報受領の自由も、あくまでも不動産業者の広告に関する情報を受領する自由として捉えられることから、表現の自由一般に妥当するような、厳格な審査基準は当しないと解される。
そのため、第1で論じたところと同様に、本条例は、この観点からも21条1項に反しないこととなる。
第3 その他の論点
1 31条及び73条6号との関係
本条例は、上記規制の違反者に対して罰則を科すことができるとしているが、31条は「法律の定める手続によらなければ・・刑罰を科せられない」と定めている。そうすると、条例をもって、罰則を科すことができるとする本条例は、31条に反するのではないかが問題となる。
確かに、刑罰の人権侵害の重大性に著みれば、「法律」とは、形式的意味の法律を指すと解すべきであるが、条例は、民主的基盤を有する地方議会による立法であるから、「法律」による委任の程度は相当程度具体的なものであれば足りると解する。そして、地方自治法14条3項は、刑罰の種類や上限について相当程度具体的に定めているから、地方公共団体は、これに基づいて、条例で刑罰を定めることができる。
したがって、この点も憲法上の問題は生じない。
2 14条1項との関係
条例制定によって地域間格差が生じることが14条1項に反しないかも問題となる。
しかし、憲法が地方公共団体に自主立法権としての条例制定権を認めていることからすれば(94条)、地域間格差が生じることは当然の前提とされているとみるべきである。
したがって、この点も憲法上の問題は生じない。
第4 結論
以上より、裁判所は、いずれの点においても合憲であると判断すべ きである。
以上

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