行政法第20問

2022年11月1日(火)

問題解説

問題

Aは、甲県乙市に本店を置く建設会社であり、乙市下水道条例(以下「本件条例」という。)及び乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(以下「本件規則」という。)に基づき、乙市長(B)から指定工事店として指定を受けていた。Aの従業員であるCは、2010年5月に、自宅の下水道について、浄化槽を用いていたのをやめて、乙市の公共下水道に接続することにした。Cは、自力で工事を行う技術を身に付けていたため、休日である同年8月29日に、乙市に知らせることなく、自宅からの本管を付近の公共下水道に接続する工事(以下「本件工事」という。)を施工した。なお。Cは、Aにおいて専ら工事の施工に従事しており、Aの役員ではなかった。
2011年5月になって、本件工事が施工されたことが、乙市の知るところとなり、同年6月29日、乙市の職員がAに電話して、本件工事について経緯を説明するよう求めた。同日、Aの代表者が、Cを伴って乙市役所を訪れ、本件工事はCが会社を通さずに行ったものであるなどと説明したが、同年7月1日、Bは、本件規則第11条に基づき、Aに対する指定工事店としての指定を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の通知書には、その理由として、「Aが、本市市長の確認を受けずに、下水道接続工事を行ったため。」と記載されていた。なお、Aは、本件処分に先立って、上記の事情説明以外には、意見陳述や資料提出の機会を与えられなかった。
Aは、本件処分以前には、本件条例及び本件規則に基づく処分を受けたことはなかったため、本件処分に驚き、弁護士Jに相談の上、Jに本件処分の取消訴訟の提起を依頼することにした。Aから依頼を受けた人の立場に立って、以下の設問に解答しなさい。
なお、乙市は、1996年に乙市行政手続条例を施行しており、本件処分に関する手続について、同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。また、本件条例及び本件規則の抜粋を資料として掲げてあるので、適宜参照しなさい。
[設問]
Aが本件処分の取消訴訟において主張すべき本件処分の違法事由につき、本件条例及び本件規則の規定内容を踏まえて、具体的に説明しなさい。なお、訴訟要件については検討しなくてよい。
○乙市下水道条例(抜粋)(排水設備の計画の確認) 第9条 排水設備の新設等を行おうとする者は、その計画が排水設備の設置及び構造に関する法令及びこの条例の規定に適合するものであることについて、あらかじめ市長の確認を受けなければならない。確認を受けた事項を変更しようとするときも、同様とする。
(排水設備の工事の実施) 第11条 排水設備の新設等の設計及び工事は、市長が排水設備の工事に関し技能を有する者として指定した者(以下「指定工事店」という。)でなければ行うことができない。ただし、市において工事を実施するときは、この限りでない。2 指定工事店について必要な事項は、規則で定める。(罰則) 第40条 市長は、次の各号の一に該当する者に対し、5万円以下の過料を科することができる。(1)第9条の規定による確認を受けないで排水設備の新設等を行った者 (2)第11条第1項の規定に違反して排水設備の新設等の工事を実施した者 (3)~(8) (略)
○乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(抜粋)(趣旨) 第1条 この規則は、乙市下水道条例(以下「条例」という。)第11条第2項の規定により、乙市下水道排水設備指定工事店に関して必要な事項を定めるものとする。
(指定工事店の指定) 第3条 条例第11条に規定する排水設備工事を施工することができる者は、次の各号に掲げる要件に適合している工事業者とし、市長はこれを指定工事店として指定するものとする。(以下略) 2 (略) (指定工事店の責務及び遊守事) 第7条 指定工事店は、下水道に関する法令(条例及び規則を含む。)その他市長が定めるところに従い、誠実に排水設備工事を施工しなければならない。2 指定工事店は、次の各号に掲げる事項を遵守しなければならない。(1)~(5) (略) (6)工事は、条例第9条に規定する排水設備工事の計画に係る市長の確認を受けたものでなければ着手してはならない。(7)~(12) (略) (指定の取消し又は停止) 第11条 市長は、指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反したときは、その指 定を取り消し、又は6月を超えない範囲内において指定の効力を停止することができる。
(司法試験予備試験 平成24年度)

解答

第1 実体法上の違法事由
1 事実誤認
(1) まず、本件規則11条の要件を満たしていない。
(2) 指定工事店としての指定を取り消すためには、「指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反」したことが必要である(本件規則11条)。そして、Bは、Aが市長の確認を受けることなく排水設備の新設等を行い、本件規則7条2項6号、本件条例9条に違反したと判断している。
(3) 本件条例9条にいう「排水設備の新設等を行おうとする者」とは、 新設等に着手した主体を指す。
確かに、Aは本件工事をしたCの使用者ではあるが、CはAの役員ではないし、会社の業務とは無関係に、休日に工事を行ったのであるから、Cの行為はAの行為と同視することはできない。本件工事の主体はCである。
(4) そうだとすれば、Aは何ら「条例又はこの規則の規定に違反」していないため、本件規則11条の要件を満たしていない。Aに対する指定を取り消した本件処分は違法である。 2 比例原則違反
(1) 仮に、本件規則11条の要件を満たしていたとしても、本件処分には、裁量権の逸脱・濫用がある。
(2) まず、本件規則11条は「できる」との文言を採用した上で、指定の取消しの他に6か月以内の指定の停止を定めている。また、排水設備工事業者の選定、監督には、公衆衛生等の観点からの政策的・専門技術的判断が求められる。そうだとすれば、同条は、処分権者たる乙市長Bに効果裁量を付与した規定であると考えるべきである。
もっとも、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くなど、その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合には、裁量権の逸脱・濫用があったといえ、当該処分は違法となる(行政事件訴訟法30条)。
(3) 確かに、市長の確認は、「法令及びこの条例の規定に適合するものであること」(本件条例9条)を事前に確認することで、乙市の排水設備の利用が適法になされていることを担保するためのものであるから、これを怠ったAの責任は軽微なものではない。
しかし、Aは本件処分以前には、本作条例及び本件規則に基づく処分を受けたことはない。そのため、厳重注意等の行政指導を行い、若しくは過料を科す(本件条例40条1項)又は処分を行うとしても指定の効力の停止(本件規則11条)で対応すれば足り、指定の取消しをすることは、上記事実に対する評価が明らかに合理性を欠くというべきである。
(4) よって、本件処分は、その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くから、裁量権の逸脱・濫用があり、違法である。
第2 手続法上の違法事由
1 聴聞手続を実施していないこと
(1) Aとしては意見陳述や資料提出の機会が十分に与えられなかったことが、手続法上の違法事由になると主張する。
(2) 指定取消しは、相手方をして適法に排水設備の新設等の工事を行う地位を利するものであるから、「許認可等を取り消す不利益処分」に当たる(乙市行政手続条例(以下「手続条例」という。)13条1項1号、2条4号)。 したがって、聴聞手続を行う必要がある。具体的には、行政庁は、聴聞期日までに相当な期間を置いて、名宛人に、不利益処分の内容等必要事項を書面により通知し(同条例15条1 用,地間明日においては、当事者に意見を述べさせ、証拠書類を提出させる等の機会を与えなければならない(同条例20条2項)。
Bは、架電の方法で本件工事の経緯を説明するよう求めており、書面によっていないし、意見陳述や資料提出の機会を与えていないから手続法上の違法がある。
2 理由提示の不備
(1) さらに、本件処分には理由提示が必要であるところ(手続条例14条1項) その理由が不十分であることが、手続法上の違法事由になると主張する。
本件処分には、その理由として「Aが、本市市長の確認を受けずに、下水道接続工事を行ったため。」との記載があるが、これが手続条例14条1項にいう「理由」として十分か。 (2) 手続条例14条1項が理由の提示を要求する趣旨は、行政庁による恣意を抑制し、処分の相手方に不服申立ての便宜を与える点にある。
したがって、理由提示の程度としては、いかなる事実関係に対し、いかなる法規をどのように適用したのかが、相手方において記載自体から了知し得るものであることを要すると解すべきである。
(3) 本問では、適用法条の記載が欠けており、これではいかなる法規をどのように適したのか、窺い知ることは困難である。また、下水道接続工事といっても、それが、いつ、どこで行われたものであるかを明示しなければ、事実関係も明らかでない。
したがって、処分の理由が不十分であり、手続法上の違法がある。
3 手続の瑕疵と本件処分の効力の関係
(1) 以上のように、手続上の違法があるとしても、それをもって、直ちに本件処分が違法となるわけではない。適正な手続を履践し直したとしても、結論が変わらないのであれば、本件処分を違法とすることは、行政効率上、無駄であるとも考えられる。 しかし、行政手続法が制定されたことにより、適正手続により処分を受ける権利が法定されたと考えられるから、重要な手続を残しないで行われた処分は違法となると解すべきである。この理は、行政手続条例において手続が定められている場合にも当てはまる。
(2) そして、聴聞手続及び理由の提示は、いずれも重要な手続であり、 いずれの瑕疵も、本件処分の違法を基礎付けることになる。
なお、仮に、聴聞手続を経ていたとしても、時間を経て最終的な結論に至った理由を示す必要があるから、2つの瑕疵は独立した違法事由を構成する。
以上

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