商法第22問

2022年11月12日(土)

問題解説

解説音声

問題

Y社は取締役会設置会社で、取締役はA、B及びCであり、代表取締役はAである。Y社は、総資産が150億円程度、純資産が75億円程度であり、直近期の経常利益は、約3億5000万円程度である。Y社株主は、Xを含めて50名おり、Xは、議決権の20%を保有する筆頭株主である。
平成25年12月ごろからXと経営陣との間で経営方針についての対立が生じており、Xは自身の友人であるE、F、Gを取締役に送り込むことを考え、平成26年6月1日に開催される Y社定時株主総会(以下「本件総会」という。)において、A、B、Cの取締役の辞任、及びE、F、Gの取締役の選任を目的とすることを内容とする株主提案権を行使した。なお、Xによる株主提案は会社法の定める要件を満たして行われた。
一方、Y社取締役会は、本件総会の招集を決定し、具体的な候補者をA、B、Cとして「取締役3名選任の件」を会議の目的とすることとした。その上で、株主に対して、招集通知発付に際して委任状勧誘(以下「本件委任状勧誘」という。)を行うことを決定し、前例はないものの、議決権を行使した場合には、商品券500円分を贈呈することとした。また、委任状勧誘のためのはがきには、【重要】とした上で、「Y社の今後の発展のために、A、B及びCの再任を内容とする会社提案にご賛同の上、議決権を行使していただきたく、お願い申し上げます。」と記載し、下線を施した。なお、Y社による会社提案は会社法の規定に即して決定された。
平成26年6月1日、適法に開催された本件総会では、議決権行使比率が例年よりも30%程度増加した約85%となり、会社提案が出席議決権総数の約70%、議決権総数の約60%の賛成を得て可決された。
Xは、本件委任状勧誘が「決議の方法が法令…に違反」(会社法第831条第1項第1号)するとして、本件総会にかかる株主総会決議取消しの訴えを適法に提起した。Xの訴えは認められるか。なお、本件委任状勧誘に基づいて贈呈された商品券の総額は、452万円ほどであったものとする。また、会社法以外の委任状勧誘に関する法規制については考慮する必要がない。

解答

第1 取消事由の検討
1 本件委任状勧誘に際して、議決権を行使した場合500円分の商品券を贈呈する(以下「本件提供」という。)としたことは、「株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与」をしたものであり、利益供与(会社法(以下、法令名省略。)120条1項)に当たる。そこで、Xは、これにより「決議の方法が法令・・に違反」している (831条1項1号前段)と主張すると思われる。
2(1) では、会社から株主に対して、議決権を行使するよう働き掛け、利益の供与をした場合、これが取消原因を構成するか。利益供与は会社法上厳しく制限されている(120条、970条) 以上、原則として全て禁止されるべきである。もっとも、慣行上の必要性から、形式的には利益供与に当たっても、例外的に違法とならない場合を認めざるを得ない。そこで、①株主の権利の行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合で(目的の正当性)、かつ、②供与額が社会通念上許容される範囲のものであり(金額の相当性)、③供与総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼさないものであるとき(総額の相当性)には許容される余地があると解する。
(2)ア 本件では、②本件提供において贈呈するとされていた商品券は500円分と低額であり、社会通念上許容されるものといい得る。
イ また、Y社は、総資産が150億円程度、純資産が75億円程度であり、直近期の経常利益は、約3億5000万円程度であるところ、③本件提供において贈呈された商品券の総額は452万円ほどであり、これも上記Y社の資産規模、利益規模と比較して、非常に低額であるから、会社の財産的基礎に影響を及ぼすものとはいえない。
ウ そして、①本件委任状勧誘は、X提案又は会社提案のいずれに賛成をしても商品券の交付を受けられる仕組みとなっていること、本件総会では、Y社の役員を全員入れ替えるか否かというY社の将来の事業方針に大きな影響を及ぼし得るテーマが問題となっており、できるだけ広く株主の意思を反映させる必要があることからすれば、その目的は正当なものとも思える。しかし、本件委任状勧誘に使用されたはがきには、【重要】とし た上で、「Y社の今後の発展のために、A、B及びCの再任を内容とする会社提案にご賛同の上、議決権を行使していただきたく、お願い申し上げます。」と記載され、下線が施されている。これは、議決権の行使による商品券の提供と会社提案への賛成が相互に関連性を有するかのような印象を与えるようなものである。また、Y社 においては、商品券提供の前例はなく、本件総会において議決権行使比率が例年よりも30%程度増加した約85%となっていることからすれば、本件提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことがうかがわれる。以上からすれば、一面において、株主による議決権行使を促すことを目的とするものであったことは否定されないとしても、本件が取締役の選任に関する株主議案が提出され、XとY社が株主の賛成票の獲得をめぐって対立関係にあったことをも考慮すれば、本件提供は、会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができる。
工 以上からすれば、①本件提供は、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとはいえない。
(3) したがって、本件提供は、利益供与規制に反し、「決議の方法が法合・・に違反」している。
第2 裁量棄却の有無(831条2項)
1 本件における取消事由は、「決議の方法が法令…に違反する」ものであるから、「その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものである」場合には、裁量棄却がなされ得る。
2 もっとも、利益供与規制違反は、「重大」でないとはいえず、また、株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことがうかがわれることは上記のとおりであるから、「決議に影響を及ぼさないものである」ともいえない。
3 したがって、831条2項により請求を棄却することもできない。
以上より、Xの訴えは認められる。
以上

問題解答音読

手書き解答