行政法第22問

2022年11月15日(火)

問題解説

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問題

医療法7条の2第1項各号に掲げられている者には該当しないXは、医療法7条2項にいう一般病床の病床数200の病院(以下「本件病院」という。)を新たに開設しようとし、開設予定地のA県知事に許可を申請したところ、A県知事は、医療法30条の11に基づき、医療法30条の4に基づくA県医療計画に定める、開設予定地の含まれるa地域医療圏の一般病床及び療養病床にかかる基準病床数が1200であるところ、a地域医療圏における既存の一般病床数及び療養病床数の合計が1500であり、すでに300床の過剰があることから、本件病院開設の必要を認めない、この勧告に従わない場合、健康保険法65条4項2号に基づき、健康保険法63条3項の保険医療機関としての指定が本件病院にかかる病床につきなされないことがある、という旨の勧告(以下「本件勧告」という。)を行った。なお、地域医療圏とは、医療法30条の4第2項9号にいう「主として病院の病床・・の整備を図るべき地域的単位として区分する区域」に当たるものである。
Xは、勧告に従わなくても医療法7条1項の許可を得られるものの、病床について健康保険法63条3項の保険医療機関の指定を受けられなくなると病院経営が成り立たないと考えられたことから、A県を被告として本件勧告の取消訴訟を提起した(勧告後6ヶ月以内に提起したと考えてよい。)。なお、病床について保険医療機関の指定を受けられないと、外来診療については健康保険の保険給付としての療養の給付を提供できるが、入院診療についてはこの療養の給付を提供できない(参照、健康保険法63条。)。
また、日本の医療保険制度全体について簡単な補足を行っておくと、日本国内に住所を有する者は、一部の例外を除き、国民健康保険・健康保険・後期高齢者医療いずれかの被保険者となる国民皆保険体制が採用されており、健康保険法上の保険医療機関のみが健康保険における療養の給付のみならず国民健康保険・後期高齢者医療制度における療養の給付を提供できる(それぞれ根拠条文の掲記は省略する。)。
以上を前提に、本件勧告は行政事件訴訟法3条2項にいう「処分その他公権力の行使」と認められるか、述べなさい。 なお、健康保険法65条4項2号にいう医療「法第30条の4第1項に規定する医療計画において定める基準病床数を勘案して厚生労働大臣が定めるところにより算定した数」(X)は,基準病床数(A)から既存病床数(B)を減じて得られた(X%AB。ただしXがマイナスとなるときは0とする。)として定められているとせよ。
(条文) 医療法(抄) 第7条病院を開設しようとするとき、(中略)開設地の都道府県知事(括弧内略)の許可を受けなければならない。 2 病院を開設した者が、病床数、次の各号に掲げる病床の種別(以下「病床の種別」という。)その他厚生労働省令で定める事項を変更しようとする(中略)ときも、厚生労働省令で定める場合を除き、前項と同様とする。 一 精神病床(括弧内略) 二 感染症病床(括弧内略) 三 結核病床(括弧内略) 四 療養病床(括弧内略) 五 一般病床(病院又は診療所の病床のうち、前各号に掲げる病床以外のものをいう。以下同じ。) 3 (略) 4 都道府県知事(中略)は、前3項の許可の申請があつた場合において、その申請に係る施設の構造設備及びその有する人員が(中略)要件に適合するときは、前3項の許可を与えなければならない。 5・6 (略)
第7条の2 都道府県知事は、次に掲げる者が病院の開設の許可又は病院の病床数の増加若しくは病床の種別の変更の許可の申請をした場合において、当該申請に係る病院の所在地を含む地域(当該申請に係る病床が療養病床又は一般病床(以下この条において単に「療養病床等」という。)のみである場合は医療計画において定める第30条の4第2項第12号に規定する区域とし、(中略))における病院又は診療所の病床の当該申請に係る病床の種別に応じた数(当該申請に係る病床が療養 病床等のみである場合は、その地域における療養病床及び一般病床の数)が、同条 第6項の厚生労働省令で定める基準に従い医療計画において定めるその地域の当該申請に係る病床の種別に応じた基準病床数(当該申請に係る病床が療養病床等のみである場合は、その地域における療養病床及び一般病床に係る基準病床数)に既に達しているか、又は当該申請に係る病院の開設若しくは病床数の増加若しくは病床 の種別の変更によつてこれを超えることになると認めるときは、前条第4項の規定にかかわらず、同条第1項又は第2項の許可を与えないことができる。一~八 (略) 2~7 (略)
第30条の3 厚生労働大臣は、地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律(平成元年法律第64号)第3条第1項に規定する総合確保方針に即して、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制(以下「医療提供体制」という。)の確保を図るための基本的な方針(以下「基本方針」という。)を定めるものとする。 2、3 (略)
第30条の4 都道府県は、基本方針に即して、かつ、地域の実情に応じて、当該都道府県における医療提供体制の確保を図るための計画(以下「医療計画」という。)を定めるものとする。 2 医療計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする。一~十一 (略) 十二 主として病院の病床(次号に規定する病床並びに精神病床、感染症病床及び結核病床を除く。)及び診療所の病床の整備を図るべき地域的単位として区分する区域の設定に関する事項 十三 二以上の前号に規定する区域を併せた区域であつて主として厚生労働省令で定める特殊な医療を提供する病院の療養病床又は一般病床であつて当該医療に係るものの整備を図るべき地域的単位としての区域の設定に関する事項 十四 療養病床及び一般病床に係る基準病床数、精神病床に係る基準病床数、感染症病床に係る基準病床数並びに結核病床に係る基準病床数に関する事項 3~5 (略) 6 第2項第12号及び第13号に規定する区域の設定並びに同項第14号に規定する基準病床数に関する基準(療養病床及び一般病床に係る基準病床数に関する基準にあつては、それぞれの病床の種別に応じ算定した数の合計数を基にした基準)は、厚生労働省令で定める。 7~16 (略)
第30条の11 都道府県知事は、医療計画の達成の推進のため特に必要がある場合には、病院若しくは診療所を開設しようとする者又は病院若しくは診療所の開設者若しくは管理者に対し、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院の開設若しくは病院の病床数の増加若しくは病床の種別の変更又は診療所の病床の設置若しくは診療所の病床数の増加に関して勧告することができる。
健康保険法(抄) (療養の給付) 第63条 被保険者の疾病又は負傷に関しては、次に掲げる療養の給付を行う。
二 薬剤又は治療材料の支給 三 処置、手術その他の治療 四 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護 五 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護 2 (略) 3 第1項の給付を受けようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる病院若しくは診療所又は薬局のうち、自己の選定するものから受けるものとする。
厚生労働大臣の指定を受けた病院若しくは診療所(第65条の規定により病床の全部又は一部を除いて指定を受けたときは、その除外された病床を除く。以下「保険医療機関」という。)又は薬局(以下「保険薬局」という。) 二 特定の保険者が管轄する被保険者に対して診療又は調剤を行う病院若しくは診療所又は薬局であって、当該保険者が指定したもの
三 健康保険組合である保険者が開設する病院若しくは診療所又は薬局 14~7 (略)
(保険医療機関又は保険薬局の指定) 第65条第63条第3項第1号の指定は、政令で定めるところにより、病院若しくは診療所又は薬局の開設者の申請により行う。 2 前項の場合において、その申請が病院又は病床を有する診療所に係るものであるときは,当該申請は、医療法第7条第2項に規定する病床の種別(第4項第2号及び次条第1項において単に「病床の種別」という。)ごとにその数を定めて行うものとする。 3 (略) 4 厚生労働大臣は、第2項の病院又は診療所について第1項の申請があった場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて、第63条第3項第1号の指定を行うことができる。
(略) 二 当該申請に係る病床の種別に応じ、医療法第7条の2第1項に規定する地域における保険医療機関の病床数が、その指定により同法第30条の4第1項に規定する医療計画において定める基準病床数を勘案して厚生労働大臣が定めるところにより算定した数を超えることになると認める場合(その数を既に超えている場合を含む。)であって、当該病院又は診療所の開設者又は管理者が同法第30条の11の規定による都道府県知事の勧告を受け、これに従わないとき。
(東京大学法科大学院 平成24年度法律科目問題 1 改題)

解答

1 「処分その他公権力の行使」(行政事件訴訟法3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち(①公権力性)、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するこ とが法律上認められているもの(②直接・具体的法効果性)を意味する。本件勧告は、行政指導(行政手続法2条6号)にすぎず、勧告に従わなくても医療法7条1項の許可を得られるのだから、①公権力性、②直接・具体的法効果性共に認められないのが原則である。
しかし、今日における行政主体と国民との関わり合いは従来想定されていた単純なものにとどまらない。
そこで、上記基準を基本としつつも、立法者意思、紛争の成熟性、国民の実効的権利救済などの様々な観点を考慮に入れて、「処分その他公権力の行使」に当たるかを判定すべきであると考える。
2(1) 以上をもって本件について検討する。
健康保険法65条4項2号は、厚生労働大臣は、保険医療機関等の指定の申請があった場合であって、「基準病床数を勘案して厚生労働大臣が定めるところにより算定した数を超えることになると認める場合(その数を既に超えている場合を含む。)であって、当該病院又は診療所の開設者又は管理者が同法第30条の11の規定による都道府県知事の勧告を受け、これに従わないとき」には、その申請に係る病床の全部又は一部の指定を拒むことができると規定している。
(2) そうだとすれば、医療法30条の11の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても当該病床について保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。
(3) そして、国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどおらず、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないのであるから、当該病床について保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。
なお、当該病床について保険医療機関の指定を受けられない場合、外来診療については健康保険の保険給付としての療養の給付を提供できるものの、入院診療についてはこの後の給付を提供できないのだから、当該病床について保険医療機関の指定を受けることができない場合には、やはり実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。
(4) 一方で、将来において、実際に当該病床について保険医療機関の指定の拒否処分がなされた際に、これに対する取消訴訟を提起すれば足りるとも考えられる。
しかし、申請者は、同指定拒否がされる可能性が高い中で、必要な人員及び施設を確保するなど巨額の投資をしなければならないという重大なリスクを負うことになるから、保険医療機関の指定拒否処分の取消訴訟を提起すれば足りるとして、上記勧告の取消しを認めなくてもよいとはいえない。
以上のような、上記勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果、病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義及び上記勧告の段階でこれを争わせる必要性に鑑みれば、②直接・具体的法効果性を肯定すべきである。
3 以上のように解する限り、法が認めた優越的地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的な意思活動に当たるから、上記勧告について①公権力性も認められる。
4 以上から、本件勧告は行政事件訴祉法3条2項にいう「処分その他公権力の行使」と認められる。
以上

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