(2019/12/26) 特に小泉進次郎環境大臣とその支持者支援者有権者に対して謹んで日本における「国務大臣」の務めと心意気についてお伝えしたいことを書いておきます

国務大臣の補職辞令

おはようございます。

2019年12月の日本に限らない世界の政治に関して思うところを述べる記事です。

最年少で今般入閣した小泉進次郎環境大臣が、就任後早速国連気候行動サミットに出席するために訪問したニューヨークでの記者会見で「気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだ」といった意味不明の発言して世界の聴衆に冷笑される失態をおかしました。

日本でのツイッター、SNS界隈では有名となっている詩人、ポエマー(本来はポエット)とも揶揄される過剰に情緒的でそれに比例する具体的中身のない数々の「やりとり」や「発言」で、日本のリーダーとしての世界の宣伝に一役買っているものの、建設的な方向には展開していないようであり残念です。

2019年の12月、つい最近にスペインのマドリードで開催された国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)においても、世界の多くの国が石炭火力発電の廃止に向けた「具体策」を提示する中で、「日本は今すぐ脱石炭や脱化石燃料とは言えないが、その中でもどのような前向きなアクションを取ることができるか検討すべきだ」と、そんなのは発表じゃない、自国内でまとめておけよ、と突っ込まれる残念な発言に終始し、国際的な環境NGO団体から「化石賞」に選ばれるという栄誉にあずかりました。

日本、残念です。

日本においては、内閣総理大臣を含む「国務大臣」は、どんな弱小といわれる、たとえば環境大臣だろうが無任所大臣でありましょうが、狭義の国務大臣として、内閣総理大臣と並んで、閣議を構成し、閣議決定全員一致の原則に従い、国政の執行を担い、そしてその執行全般および結果に対して、連帯して責任を負うものです。

天皇陛下によって認証される、名誉ある、責任ある地位なのです。

もちろん、環境大臣とは、内閣総理大臣による「補職」によって、環境省設置法に基づく所掌事務を分担管理するわけでありますが、その「担当する」実務領域の前に、すべての内閣総理大臣を含む国務大臣は行政権の属する内閣を一体として構成する「国務大臣」であり、内閣の意思決定は全大臣の全会一致を原則とする閣議に基づいて行われ、国政全般に連帯して権限と責任を持つのです。

したがって、行政官でありますところの、各省庁の事務次官以下の官僚が「それは私たちの所管ではありません」と言うのは行政業務区分上、本当は全体の奉仕者である国家公務員としてやっていいことでは決してない、と言いたいところですが、ある意味法律に基づく所管の分担という面もあり、仕方のないところもあるかもしれませんが、そうではなく、その上に立つ、政治家たる国務大臣が官僚たちと全く同じ言い訳、すなわち経済産業省が立案して閣議決定されている電源構成などのエネルギー基本計画があるので地球温暖化対応における具体的アクションを日本が起こすのは難しい、などとのたまうのは、はなはだお門違いということなのです。

閣議決定事項である「次の」エネルギー基本計画においては、日本政府として石炭火力発電ゼロに向けた道筋をつけるよう調整してまいります、と閣内で主張すればよいのです。

閣議決定に意思を反映できる国務大臣という立場を真摯につとめたいと願うならば、こうした仕組みの基本を勉強された上で、国益と国民の将来、国際的評判を加味した政策を取りまとめると言えばいいのであり、あるいは石炭火力をゼロにするような法案を環境省で立案し、閣内を調整して内閣提出法案として閣議決定して国会に提出すればよいのです。

それをやる意思が全くない「大臣」なら、わざわざ政治家が立法府から行政府に入る必要はないし、世界の主要閣僚が集まる環境サミットに行く意味すらありません。

意味がないというより、世界にとって良い笑いものになってしまいます。

この統治機構の基本中の基本を、2019年12月現在の、小泉進次郎環境大臣はあまり(というか全然)わかっていないようです。

一方、前任の原田義昭前環境大臣は、2019年9月10日に退任間近の閣議後会見で福島第一原発の処理水について、原子力規制委員会の委員長の見解や諸外国の事例、風評被害等への国の責任などに言及しながら、「希釈して海洋放出の方法しか解決策はない・・(中略)・・科学的安全性と世界基準を丁寧に説明することで必ず理解されるはずだ」といった思い切った発言を行い、議論を呼びました。

そして、後日原田前大臣は、手記を記し、「誰かが行動しなければならない、この危機感が大変私を追い立てました。この処理水対策は、厳密には環境大臣の所管ではなく経産大臣の所管です。しかし、原発問題が国家的大事業であることは言うまでもありません。私は「環境大臣」「原子力防災担当大臣」として原子力問題の担当者であり、同時に国事の全てに責任を負う「国務大臣」であり、さらに私は全ての国民を代表する「国会議員」であります。国家に必要なことは臆せず行動し、また行動する崇高なミッションを持っています」とその思いを述べておられます。

さて、この原田前大臣は選挙での落選も経験し、苦労されている経験もありますし、政治家としてのメディアでの扱いは華のある、小泉進次郎環境大臣と雲泥の差があるようですが、どちらが「国務大臣」であり「国会議員」としてふさわしいかについても、同様の差があるように思えます(あくまで個人の感想です)。

小泉親子は脱原発の言説をセクシーに振りまいておられるようですが、国務大臣として、国会議員として何をやれるのかという自覚とそれを実行する能力がない限りは、セクシーどころか痛い発言に終始するだけだと思います。

有権者の人気者で連続国会議員に当選することはできますが、政治家として国政を担うにはまた別の胆力や能力、人間力が必要となる、これは小泉大臣個人の課題というより、そのような人気者に投票し、当選させる有権者の民力、民度に寄るところが多いのではないか、と思うのです。

セクシーな発言で世の中を幻惑するだけであればまだいいですが(取り合わなければ良いので)、日本の国政執行を担う責任ある地位にある国務大臣として、国会議員としての自らの権能を自覚しない者が本来の仕事を実行しないために、国家的な問題が先送りされ、国としての力が衰微していくのを見るのは、さすがにたまったものではないと思いますので、選挙の際には、有権者の皆さんの良識と能力に期待したいと願う次第です。

おっと誰か来たようです。

それでは、こちらからは以上です。

(2019年12月27日 金曜日)

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