刑法第22問

2022年11月16日(水)

問題解説

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問題

以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について、具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(甲が本件財布及びその内容物を領得した点、並びに特別法違反の点を除く。)。
ある時、甲は、自宅への帰り道において財布(以下「本件財布」という。)を拾ったことから、自宅に戻り、本件財布の中身を確認したところ、現金2万円のほかに、A名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)が入っていた。 甲は、生活に困窮していたことから、現金2万円程度では生活費の足しにならないと考え、本件クレジットカードを用いて高級時計を買うことを思いついた。しかし、自分で店舗に赴くと、何かの拍子に自己の犯行が発覚してしまうかもしれないと思った。そこで、甲は、弟分である乙であれば、世間知らずであるから自分の真意に気づかれることはないであろうと考え、乙に頼んで自分に代わって時計の購入を行わせることとした。
翌日、甲は、自宅に乙を呼び出し、「友人であるAから、このカードを用いてB店からC社製の高級腕時計を購入することを頼まれた。俺は、急用ができて行けなくなってしまったから、お前が代わりに行ってきてくれ。Aからは、店員にゴチャゴチャ言われると面倒だから、Aとしてカードを使ってきてくれと言われているので、お前もAとしてカードを使ってこい。代金はあとでちゃんとAが払ってくれるみたいだから。」と指示して、本件クレジットカードを乙に手渡した。
乙は、今まで甲の口からAという名前を聞いたことがなかったものの、甲さんほどの人ならば自分の知らない交友関係があってもおかしくはないと考え、Aから頼まれたという甲の言葉を信じた。
乙は、甲から頼まれてすぐにC社製高級腕時計を扱う本件クレジットカードの加盟店B店へ行き、甲に言われたとおりAになりすました上で、本件クレジットカードで100万円のC社製腕時計(以下「本件腕時計」という。)を購入した。
乙は、本件腕時計を店員から受け取ると、その足で甲宅に向かい、本件腕時計と本件クレジットカードを甲に手渡した。
なお、本件クレジットカードの会員規約上、クレジットカードは、会員である名義人のみが利用でき、他人に同カードの譲渡、貸与、質入れ等をすることが禁じられている。また、加盟店規約上、加盟店は、クレジットカードの利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することなどが定められている。

解答

第1 乙の罪責
1 乙が本件クレジットカードを使用し時計を購入した行為について、 1項詐欺罪(246条1項)が成立しないか。
まず、その客観的構成要件要素について検討する。
(1) 乙がAになりすまし、名義を偽った行為は、欺罔行為を構成するか。
欺罔行為とは、相手方が財産的処分行為をするための判断の基礎となるような重要な事項を偽ることをいう。
クレジットカード利用取引は会員に対する個別的信用を基礎として成立するものである。実際に、本件クレジットカードの会員規約上本件クレジットカードは、会員である名義人のみが利用でき、他人に同カードの譲渡、貸与、質入れ等をすることが禁じられており、加盟店規約上、加盟店は、利用者がクレジットカードの名義人本人であることを確認する義務を負っている。そうだとすれば、名義人の同一性はカード利用の極めて重要な要素であって、名義を偽る行為は、相手方が財産的処分行為をするための判断の基礎となるような重要な事項を偽るものとして、欺罔行為を構成すると考える。
(2) その結果、B店店員は乙をA本人と信じており、欺罔行為に基づく錯誤があるといえる。
B店店員は、こをA本人と信じ、乙に対し腕時計を手渡しているから、錯誤に基づく処分行為及びそれに基づく財物移転があったといえる。
以上から、乙は、「人を欺いて財物を交付させた」といえ、詐欺罪の客観的構成要件に該当する。
2 乙は、上記事実を認識しつつ行為しているから、故意(38条1項)も認められる。なお、乙は、名義人Aからカード使用を許され、かつ、カード利用代金が名義人において決済されると誤信していると考えられるが、名義の偽りのみで販岡行為を構成すると解する以上、上記誤信は故意の認定に影響しない。
また、乙は、不法領得の意思に欠けるところもない。
3 以上から、乙には、上記行為につき1項詐欺罪が成立する。後述の通り、甲とは共同正犯となる。
第2 甲の罪責
1 上記行為につき、甲は共同正犯として罪責を負わないか。
甲は上記行為を自ら担当していないが、そのような者を「共同して犯罪を実行した者」(60条)として罪責を負わせることはできるか。
2 この点について、60条の文理解釈として、二人以上の者が「共同」し、その中の誰かが「犯罪を実行したとき共同者は「すべて正犯とする」と読めなくはない。また、相互利用補充関係による共同犯行の一体性は、実行行為を担当しない者との間にもあてはまる。
したがって、実行行為を担当しない者であっても、共同正犯となることはあり得る。
その具体的要件であるが、まず共同犯行の一体性を基礎付ける要件として、最低限共同正犯者間に意思の連絡がなければならない。また、「正犯」とは自らの犯罪として実行する者を指すから、かかる意思を有していることも必要である。
3(1) 甲及び乙には、A名義のクレジットカードを使用することについての合意があるから、上記行為(犯罪)に関する意思の連絡があるといえる。なお、上記のように、乙は、Aからの承諾があると誤信しているが、名義の偽りのみで欺罔行為を構成すると解する以上、この点は障害とならない。
(2) 次に、甲は、乙の兄貴分であり、乙に指示するという上位の立場にあるだけでなく、Aから本件クレジットカードの使用許諾があるかの虚言を用い、乙を誤信させ、乙に上記行為を行わせている。実際に、 乙は、甲の指示通りに上記行為に及んでいる。
また、上記行為で用いられた本件クレジットカードも甲自身が用意したものである。
さらに、犯行動機は甲の生活の困窮にあり、本件腕時計は乙から甲に渡されており、上記行為の利益は最終的に甲に帰属しているといえる。
これらの事実に鑑みれば、甲は、上記行為を自らの犯罪として実行する意思を有していたと評価すべきである。
(3) 以上から、甲は、乙に成立する上記1頁詐欺罪について共同正犯となる。
4 なお、甲は、虚言を用いて乙に上記誤信をさせ、乙に上記行為を行わせているから、間接正犯となるとも考えられる。
しかし、間接正犯と評価し得るには、被利用者に対する行為支配性が要求されるところ、上述の通り、乙の誤信は犯罪の成否に当たって影響を及ぼさない。そうだとすれば、甲には乙に対する行為支配性が認められないというべきであるから、甲は間接正犯ではなく、共同正犯であるとみるべきである。
以上

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