民事訴訟法第23問

2022年11月20日(日)

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問題

Xは建物をYに賃貸していたが、その敷地にビルを建てるため、当該建物の明渡しを求めて訴えを提起し、正当事由に基づく賃貸借契約の解約告知を主張した。この訴訟で、原告Xは、無条件の明渡しを求めており、口頭弁論において立退料の支払いに関する主張をしておらず被告Yもこれに関する主張を提出していない。裁判所は、正当事由の存在が総合的に認められるとして、300万円の立退料の支払いと引換えに建物の明渡しを命ずる判決をした。
この事例における訴訟法上の問題点について論じなさい。
(上智大学法科大学院 平成16年度)

解答

第1 処分権主義違反の点
1 Xは無条件の明渡しを求めているにもかかわらず、裁判所は引換給付判決をしている。そこで、かかる判決は「当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない」として、申立事項と判決事項の一致を要求する246条に反し許されないのではないか。
2(1) 246条は、実体法上の私的自治の原則に由来する処分権主義を判決の面から規定したものであり、その趣旨は、原告の意思を尊重し、当事者の不意打ちを防止する点にある。
かかる趣旨からすれば、同条に違反するかどうかは①原告の合理的意思、②被告に対する不意打ち防止の観点から実質的に判断すべきであると考える。
(2) まず、引換給付判決一般については、①原告の合理的意思に合致し、②被告に対する不意打ちにもならないので、一部認容判決としてなし得る。
(3) もっとも、Xは無条件の明渡しを求めており、これが一切の立退料の支払を拒絶する趣旨であれば、Xの合理的意思に反することになり処分権主義に反する。
しかし、一般に、解約申入れによる賃貸借契約の終了を理由とする建物明渡請求訴訟においては、「正当の事由」(借地借家法28条)を補完するため、立退料を払ってもなお、明渡しを求めるのが原告の通常の意思である。そうだとすれば、全部棄却判決よりも、かかる引換給付判決を欲するのが①Xの合理的意思に合致する。
なお、「正当事由」 の補完材料である立退料の支払を命じたとし ても,Yに有利な認定である以上、 2被告Yに対する不意打ちとはな らない。
3 よって、本問判決は、本問具体的事情の下でXの合理的意思に反しない限り、246条に反しない。
第2 弁論主義違反の点
1 もっとも、本問では、XY双方とも立退料の支払に関する事実を主張をしていない。そのような事実を認定することは、裁判所は、当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることはできないという弁論主義の第1テーゼに違反する。
2 ここで問題となるのは「事実」の意義であるが「事実」とは主要事実であると解すべきである。
主要事実の有無が当事者の攻撃防御の対象となるのであるから、主要事実にだけ弁論主義の適用を認めれば十分であるし、逆に間接事実や補足事実は証拠と同様の機能を営むから そこまで適用範囲を広げると裁判所の自由心証(247条)を侵害することにもなりかねないからである。
そして、基準の明確化の観点から、実体法を基準として主要事実とそれ以外の事実を区別すべきであるから、主要事実とは、権利の発生・変更・消滅を定める規範の要件に直接該当する具体的事実を意味すると解すべきである。
そうだとすれば、本間では主要事実は「正当の事由」そのものであり、立退料の支払いはそれを推認させる間接事実に位置づけられるはずである。
3(1) しかし, 「正当の事由」 のような抽象的な要件には、それに該当する具体的事実が存在しない。にもかかわらず、原則を貫くと、裁判所が当該抽象的な要件を推認させる事実を当事者の主張なしに認定できることになってしまい。当事者意思の尊重や不意打ち防止という弁論主義の趣旨に反することになる。
抽象的な要件の存否について、個別事実をめぐる法的評価が必要な場合は、当該個別事実にこそ争点が集中する。そうだとすれば、上記弁論主義の趣旨に鑑み、この場合には抽象的な要件を推認させる個々具体的事実(評価根拠事実)を主要事実として、弁論主義の原則が適用されるとみるべきである。
(2) 本問では、「正当の事由」の存在を推認させる個々の具体的事実に弁論主義の適用があることとなる。立退料の支払もこの一つであるから、弁論主義の適用がある。
よって、 当事者の主張なく、立退料の支払の事実を認定することは弁論主義の第1テーゼに反する。
4 また、立退料の支払と建物の明渡しは同時履行の関係にある。そして、同時履行の抗弁は権利抗弁であるから、引換給付判決をするためには被告自らが抗弁を提出して、権利行使の意思を表明する必要がある(弁論主義の第1テーゼ)。
なぜなら、実体法上権利行使をするかどうかが権利者の意思に委ねられている以上、訴訟上も抗弁を主張するかどうかを当事者の意思に委ねるとするのが、弁論主義の趣旨に合致するからである。
よって、本問では、Y自身による権利行使の意思表明がないにもかかわらず、裁判所が同時履行の抗弁を斟酌し引換給付判決をしたことは、弁論主義の第1テーゼに反し許されない。
以上

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