刑法第25問

2022年12月6日(火)

問題解説

問題

甲は、乙から「強盗に使うのでナイフを貸してくれ。」と依頼され、これに応じてナイフを乙に渡した。その後、乙は、丙・丁に対し、「最近、知り合いのAが多額の保険金を手に入れたので、それぞれがナイフを準備してA宅に強盗に押し入ろう。」と持ち 掛け、3名で計画を立てた。ところが、乙は、犯行当日の朝になって高熱を発したため、「おれはこの件から手を引く。」と丙・丁に電話で告げて、両名の了承を得た。しかし、丙・丁は予定どおり強盗に押し入り現金を奪った。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。
(旧司法試験 平成7年度 第1問)

解答

第1 乙の罪責について
1 丙・丁は、A宅に押し入り、現金を奪っていることから、住居侵入罪(130条前段)及び強盗罪(236条1項)が成立するが、これはそもそも乙が話を持ち掛けたものであって、犯罪の主導的役割を果たしたのは乙である。
そこで、謀議に参加しただけで実行行為を行っていない乙にも共同正犯(60条)が成立するか。「共同して犯罪を実行した」といえるか間題となる。
この点について、60条の文理解釈として、2人以上の者が「共同」し、その中の誰かが「犯罪を実行」したとき共同者は「すべて正犯とする」と読めなくはない。また、相互利用補充関係による共同犯行の一体性は、共謀共同正犯の場合にも当てはまるから、上記の点は障害とならない。
そして、 共同正犯の有する共同性・正犯性の観点から、意思連絡と役割の重要性が認められれば足りると解する。
本間では、乙と丙丁の間に上記住居侵入及び強盗について意思の連絡があることは明らかである。また、乙が強盗の話を持ち掛け、計画の主導的役割を果たしていると考えられることから、この役割の重要性が 認められる。
したがって、乙は、共同正犯として、 住居侵入罪及び強盗罪の共同正犯となり得る。
2 もっとも、乙は犯行の当日高熱を発し、丙・丁が実行に着手する以前に「おれはこの件から手を引く。」と電話して離脱の意思を表明し丙丁の了承を得ている。そこで、乙のような場合にもなお、丙丁の犯罪行為の責任を乙に負わせてよいかが問題となる。
共犯の処罰根拠は、自己の行為が結果に対して因果性を与えた点に求 められる。そうだとすれば、後の結果と自己の行為との因果性が断ち切られたと評価できれば共犯関係からの離脱を認めてもよい。
よって、離脱の認定は、因果性の除去があるかどうかによることになる。因果性の除去は物理的因果性・心理的因果性の両面から検討する。以上に従って本間を検討すると、乙は 「おれはこの件から手を引く。」と言って丙・丁の了承を得ているが、乙が計画の主導的役割を果たしていることからすれば、乙が与えた心理的因果性はいまだ残存しているものと認められなくもない。
しかし、乙は丙・丁を統制し得る立場にあるわけではなく、乙が与えた心理的因果性はそこまで大きなものではない。また、ナイフはそれぞれが準備することとしており、物理的因果性を与えたものではない。
したがって、乙が与えた因果性は極めて軽微なものであると評価されるから、離脱の意思表明と了承をもって、因果性の除去が肯定され、離脱が認められると解すべきである。そして、離脱の意思表明と了承が認められるのは上記の通りである。
よって、共犯関係からの離脱が認められるから、乙は、丙及び丁の犯罪行為の責任を負わない。
3 以上より、乙には住居侵入罪及び強盗罪の共同正犯は成立せず、強盗予備罪(237条)が成立するにすぎない。
第2 甲の罪責
1 甲は、乙に対して強盗に用いるナイフを用意しているから強盗予備罪(237条)が成立する可能性がある。
しかし、甲には、自らが実行行為を行う意思がない。
予備は犯罪実行の前段階だから、予備行為をする者は実行行為をする目的を有する必要がある。条文上要求される「目的」も自己が犯罪をする目的がある場合とみるのが自然である。
したがって、甲には強盗予備罪の単独犯は成立しない。
2 そうだとしても、甲は乙と共同して強盗に用いるナイフを用意したとして強盗予備罪の共同正犯(60条)とならないか。
この点に関して、予備行為は定型性が乏しく、60条の「実行」に当たらないとも思える。
しかし、予備行為は基本的構成要件の修正形式として定立されている ものの、それ自体固有の構成要件である以上、予備行為はやはり実行行為というべきである。また、43条の 「実行」 は構成要件該当行為を意味するものの、同条は予備と未遂との区別を定めた条文であり、60条と「実行」概念が一致しなければならない必然性はない。
そこで、予備行為も「実行」に当たり、予備の共同正犯も認められると解する。
3 もっとも、上記のように、甲には自らが実行行為を行う意思がない。そうだとすると、自らが実行行為を行う意思がない者が予備行為を共同したとしても、予備罪の共同正犯としての罪責を問えないとも思える。
しかし、「目的」についてはこれがなければ犯罪をすることができない真正身分とみることができる。
ここで、65条1項は「身分によって構成すべき犯罪」としているから、同項は真正身分犯の規定である。さらに、非身分者も身分者を通じて法益侵害は可能であるから、同項の 「共犯」には共同正犯も含まれると解する。そして、予備行為についても実行行為を観念し得る以上、共同正犯とすることに問題はない。
そうだとすると、自ら犯罪を犯す意思がある者と共同して予備行為をすれば、他人予備をする目的があるにすぎない者にも共同正犯としての完全な罪責を問うことができる(65条1項)。
4 以上から、甲は乙とともに、強盗予備の共同正犯としての罪責を負う。
以上

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