民事訴訟法第29問

2023年1月7日(土)

問題解説

問題

XはYに対し、土木作業機械のレンタル料及び遅延損害金(以下「本件代金等債権」という。)の支払を求める訴訟を提起したところ、第一審は、平成25年11月28日、Xの請求を認容した。
これに対して、Yは控訴し、控訴審で、「第一審判決直後の平成25年12月3日、Xの債権者Aが本件代金等債権を差し押さえたところ、Yは、平成25年12月16日、Aに対し、レンタル料100万円及びこれに対する遅延損害金23万円の合計である123万円を支払った」という主張を追加した。かかる主張を証明するために、YはA作成のY宛の平成25年12月3日付債権差押通知書(以下「本件差押通知書」という。)と平成25年12月16日付領収証書(以下「本件領収書」という。)を証拠として提出し、これらの取調べがなされた。
本件領収書には、AがXに係る差押債権受入金として123万円を領収した旨の記載 があるものの、本件差押通知書には、差押債権として、本件代金等債権の遅延損害金債権のみが記載されており、本件代金等債権の元本債権が差し押さえられた旨の記載がされた債権差押通知書等の書証は提出されなかった。
控訴審は、本件代金等債権の総額を元本債権100万円及び遅延損害金23万円であると認定した上で、YがAに本件代金等債権の支払として元本債権100万円損害金23万円の合計である123万円を支払ったことが認められるが、Aが差し押さえたのは本件代金等債権のうち遅延損害金債権のみであったことが明らかであるとして、Yの支払額のうち遅延損害金23万円についてのみ弁済の効果が生じ、その余の100万円については弁済の効果を主張することはできないとした。
控訴審判決に問題はないか、検討しなさい。なお、Yは訴訟代理人を選任しているものとする。

解答

1 本件訴訟の訴訟物は、 賃貸借契約に基づく資料支払請求権と、履行遅滞を理由とする損害賠償請求権であり、Yは第三債務者による弁済の抗弁を提出している。
Yは、①Aは、平成25年12月3日 XのYに対する本件代金等権のうち、元本債権(レンタル料債権)及び遅延損害金を差し押さえた。②YはAに対し、①の差押えに基づき、平成25年12月16日、YのXに対する本件代金等債権の元本100万円と、遅延損害金23万円の弁済として123万円を交付した。という事実を主張しており、差押債権者に対する弁済を構成する主要事実として必要十分であるように思われる。
しかし、Yは、本件差押通知書につき、元本債権を含む全てが差し押さえられた旨の記載があるものと誤解して主張していたことが明らかである。しかも、元本債権の差押えに関する証拠を提出していない。そうすると、①のうち、元本債権が差し押さえられたことについての主張及び証明が不十分であり、Yによる本件代金等債権の元本債務の支払が、Aの差押えに基づく弁済であると認めることができずそのために控訴審は元本部分の100万円に関して弁済の効力を認めなかったと考えら れる。
このような場合、本件代金等債権の元本債権に対するAによる差押えに関する主張の補正及び立証をするかにつき釈明権(149条1項)を行使すべきであったのではないか。
2 釈明権が過剰に行使された場合、かえって公平な裁判であるとの信頼が失われるし、事案の真相を曲げるおそれもある。そこで、釈明権を行使し得る範囲が問題となる。
まず、消極的釈明については、全面的に許容されるべきである。これは、自己責任原理の消極面を補充回復という趣旨にかなうからである。
一方、積極的釈明における過度の釈明には、正に上記の危険が生じる。したがって、その行使の範囲は制限されなければならないと解する。具体的には、①判決における勝敗逆転の可能性、②当事者自治の期待可能性、③当事者間の実質的公平、④紛争の抜本的解決可能性を総合的に考慮して判断すべきと解する。
3 本件で、本件代金等債権の元本債権に対するAによる差押えに関する主張の補正及び立証をするかにつき釈明権を行使した場合、これは積極的釈明に当たる。
確かに、②Yには訴訟代理人がついていたため、釈明なしでも適切な主張の補正及び立証を期待できたといえる。
しかし、裁判所が、種々の原因から生じる主張又は立証上の不明瞭な状態をそのままにして審判することは、当事者主義を前提にしても許さ れず、釈明権はそのために存在する裁判所の権能である。
また、①釈明によって、Yの訴訟代理人が、本件差押通知書には元本債権が差し押さえられた旨の記載がないことに気付き、元本債権につい ては、別途差し押さえられたというように主張を補正し、かつ、元本債権についての差押通知書等を証拠として提出した場合には、勝敗が逆転することは明らかであるし、③勝敗が逆転する理由は、Yが第三債務者として弁済したことが明らかになった場合であるから、実体法上公平が害されることはない。手続上も、釈明の結果、提出された証拠について争う機会をXに保障するのであれば、公平を失しない。
さらに、④控訴審は、本件領収書を証拠として、本件代金等債権の支払として、YがAに対して123万円を交付した事実は認めているところ、真実、元本債権に対するAによる差押えがあったのであれば、実体法上は、Xの債務がその分減少する。ゆえに、Yは弁済の抗弁とは別に、Xに対する不当利得返還請求権を自働債権として相殺の意思表示をした上で、相殺の抗弁を主張できる。そうでなくとも、本件訴訟の口頭弁論終結後に相殺権の行使をして請求異議の訴えを提起することも許さ れるし、あるいは、Xに対して元本債務を弁済した上で、不当利得返還請求権訴訟を別に提起することも適法である。このようにして、控訴審 の判断は、XY間の本件代金等債権の支払をめぐる紛争を抜本的に解決できず、後に紛争を残してしまう。
上記のような諸事情を考慮すれば、本件では積極的釈明をすべきであったといえる。
以上より、控訴審判決は釈明権を行使しなかったことは、釈明義務違反がある。
以上

解説音声

問題解答音読

答案